文学作品に身を委ねて~宮沢賢治『注文の多い料理店』~

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皆さんは、最近物語を読んでいますか。
学生の頃は国語の授業で物語に触れることも多く、今でも色んな物語を読むのが好きな方も沢山いると思います。
しかし、大人になるにつれて忙しい日々に追われ、なかなかゆっくりと物語を楽しむタイミングが少なくなってきたのではないでしょうか。
そこでこのトピックでは色んな文学作品を紹介し、皆さんには今一度、物語の世界に浸って頂きたいと思います。
第一回目の本日は、宮沢賢治の『注文の多い料理店』をご紹介します。

 

童話作家の宮沢賢治

皆さんも一度は名前を聞いたことある日本の童話作家『宮沢賢治(みやざわけんじ)』
詩人でもある彼は若くして病にかかり、わずか37歳という年齢でこの世を去っています。
彼の作品はほとんどが没後に発見・評価されたものばかりで、有名な物語『銀河鉄道の夜(ぎんがてつどうのよる)』や詩『雨ニモマケズ』も没後に発見されたものです。

彼が生前に刊行されたのは、詩集『春と修羅(はるとしゅら)』と童話集『注文の多い料理店(ちゅうもんのおおいりょうりてん)』
どちらも売れ行きは乏しかったそうですが、彼の作品に感銘を受けた詩人『草野心平(くさのしんぺい)』などの働きによって没後に再評価されることとなり、現在では広く知られる作家となりました。

今回紹介する作品は、童話集の3作品目で題名を冠する「注文の多い料理店」
奇妙な料理店に訪れた紳士たちが、店からの不思議な注文に従い続け、最終的には驚く恐怖体験をするという流れです。
驚くような話の展開ながらも理解しやすい内容に読者は惹きつけられ、大人も子供も楽しめる作品です。

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注文の多い料理店
宮沢賢治

 二人ふたりわか紳士しんしが、すっかりイギリスの兵隊へいたいのかたちをして、ぴかぴかする鉄砲てっぽうをかついで、白熊しろくまのようないぬ二疋にひきつれて、だいぶ山奥やまおくの、のかさかさしたとこを、こんなことをいながら、あるいておりました。
「ぜんたい、ここらのやましからんね。とりけもの一疋いっぴきやがらん。なんでもかまわないから、はやくタンタアーンと、やってたいもんだなあ。」
鹿しかいろなよこぱらなんぞに、二三発にさんぱつ見舞みまいもうしたら、ずいぶん痛快つうかいだろうねえ。くるくるまわって、それからどたっとたおれるだろうねえ。」
 それはだいぶの山奥やまおくでした。案内あんないしてきた専門せんもん鉄砲打てっぽううちも、ちょっとまごついて、どこかへってしまったくらいの山奥やまおくでした。
 それに、あんまりやま物凄ものすごいので、その白熊しろくまのようないぬが、二疋にひきいっしょにめまいをこして、しばらくうなって、それからあわいてんでしまいました。
「じつにぼくは、二千四百円にせんよんひゃくえん損害そんがいだ」と一人ひとり紳士しんしが、そのいぬぶたを、ちょっとかえしてみていました。
「ぼくは二千八百円にせんはっぴゃくえん損害そんがいだ。」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげていました。
 はじめの紳士しんしは、すこしかおいろをわるくして、じっと、もひとりの紳士しんしの、かおつきをながらいました。
「ぼくはもうもどろうとおもう。」
「さあ、ぼくもちょうどさむくはなったしはらいてきたしもどろうとおもう。」
「そいじゃ、これでりあげよう。なあにもどりに、昨日きのう宿屋やどやで、山鳥やまどり拾円じゅうえんってかえればいい。」
うさぎもでていたねえ。そうすれば結局けっきょくおんなじこった。ではかえろうじゃないか」

 ところがどうもこまったことは、どっちへけばもどれるのか、いっこうに見当けんとうがつかなくなっていました。
 かぜがどうといてきて、くさはざわざわ、はかさかさ、はごとんごとんとりました。
「どうもはらいた。さっきからよこぱらいたくてたまらないんだ。」
「ぼくもそうだ。もうあんまりあるきたくないな。」
「あるきたくないよ。ああこまったなあ、なにかたべたいなあ。」
べたいもんだなあ」
 二人ふたり紳士しんしは、ざわざわるすすきのなかで、こんなことをいました。
 そのときふとうしろをますと、立派りっぱ一軒いっけん西洋造せいようづくりのいえがありました。
 そして玄関げんかんには

RESTAURANT
西洋料理店せいようりょうりてん
WILDCAT HOUSE
山猫軒やまねこけん

というふだがでていました。
きみ、ちょうどいい。ここはこれでなかなかひらけてるんだ。はいろうじゃないか」
「おや、こんなとこにおかしいね。しかしとにかくなに食事しょくじができるんだろう」
「もちろんできるさ。看板かんばんにそういてあるじゃないか」
「はいろうじゃないか。ぼくはもうなにべたくてたおれそうなんだ。」

 二人ふたり玄関げんかんちました。玄関げんかんしろ瀬戸せと煉瓦れんがんで、じつ立派りっぱなもんです。
 そして硝子がらすひらがたって、そこに金文字きんもじでこういてありました。

「どなたもどうかお入りください。けっしてご遠慮えんりょはありません」

 二人ふたりはそこで、ひどくよろこんでいました。
「こいつはどうだ、やっぱりなかはうまくできてるねえ、きょう一日いちにちなんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。このうちは料理店りょうりてんだけれどもただでご馳走ちそうするんだぜ。」
「どうもそうらしい。けっしてご遠慮えんりょはありませんというのはその意味いみだ。」
 二人ふたりして、なかへはいりました。そこはすぐ廊下ろうかになっていました。その硝子戸がらすど裏側うらがわには、金文字きんもじでこうなっていました。

「ことにふとったおかたわかいおかたは、大歓迎だいかんげいいたします」

 二人ふたり大歓迎だいかんげいというので、もうおおよろこびです。
きみ、ぼくらは大歓迎だいかんげいにあたっているのだ。」
「ぼくらは両方りょうほうねてるから」
 ずんずん廊下ろうかすすんできますと、こんどはみずいろのペンキりのがありました。
「どうもへんうちだ。どうしてこんなにたくさんがあるのだろう。」
「これはロシアしきだ。さむいとこややまなかはみんなこうさ。」
 そして二人ふたりはそのをあけようとしますと、うえいろなでこういてありました。

当軒とうけん注文ちゅうもんおお料理店りょうりてんですからどうかそこはご承知しょうちください」

「なかなかはやってるんだ。こんなやまなかで。」
「それあそうだ。たまえ、東京とうきょうおおきな料理屋りょうりやだって大通おおどおりにはすくないだろう」
 二人ふたりいながら、そのをあけました。するとその裏側うらがわに、

注文ちゅうもんはずいぶんおおいでしょうがどうか一々いちいちこらえてください。」

「これはぜんたいどういうんだ。」ひとりの紳士しんしかおをしかめました。
「うん、これはきっと注文ちゅうもんがあまりおおくて支度したく手間取てまどるけれどもごめんくださいとういうことだ。」
「そうだろう。はやくどこかへやなかにはいりたいもんだな。」
「そしてテーブルにすわりたいもんだな。」
 ところがどうもうるさいことは、またひとつありました。そしてそのわきにかがみがかかって、そのしたにはながのついたブラシがいてあったのです。
 にはあかで、

「おきゃくさまがた、ここでかみをきちんとして、それからはきもの
 どろおとしてください。」

いてありました。
「これはどうももっともだ。ぼくもさっき玄関げんかんで、やまのなかだとおもってくびったんだよ」
作法さほうきびしいいえだ。きっとよほどえらひとたちが、たびたびるんだ。」
 そこで二人ふたりは、きれいにかみをけずって、くつどろおとしました。
 そしたら、どうです。ブラシをいたうえくやいなや、そいつがぼうっとかすんでくなって、かぜがどうっとへやなかはいってきました。
 二人ふたりはびっくりして、たがいによりそって、をがたんとけて、つぎへやはいってきました。はやなにあたたかいものでもたべて、元気げんきをつけてかないと、もう途方とほうもないことになってしまうと、二人ふたりともおもったのでした。
 内側うちがわに、またへんなことがいてありました。

鉄砲てっぽう弾丸たまをここへいてください。」

 るとすぐよこくろだいがありました。
「なるほど、鉄砲てっぽうってものをうというほうはない。」
「いや、よほどえらいひとが始終しじゅうているんだ。」
 二人ふたり鉄砲てっぽうをはずし、帯皮おびかわほどいて、それをだいうえきました。
 またくろがありました。

「どうか帽子ぼうし外套がいとうくつをおとりください。」

「どうだ、とるか。」
仕方しかたない、とろう。たしかによっぽどえらいひとなんだ。おくているのは」
 二人ふたり帽子ぼうしとオーバーコートをくぎにかけ、くつをぬいでぺたぺたあるいてなかにはいりました。
 裏側うらがわには、

「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡めがね財布さいふ、その金物類かなものるい
 ことにとがったものは、みんなここにいてください」

いてありました。のすぐよこには黒塗くろぬりの立派りっぱ金庫きんこも、ちゃんとくちけていてありました。かぎまでえてあったのです。
「ははあ、なにかの料理りょうり電気でんきをつかうとえるね。金気かなけのものはあぶない。ことにとがったものはあぶないとうんだろう。」
「そうだろう。してると勘定かんじょうかえりにここではらうのだろうか。」
「どうもそうらしい。」
「そうだ。きっと。」
 二人ふたりはめがねをはずしたり、カフスボタンをとったり、みんな金庫きんこのなかに入れて、ぱちんとじょうをかけました。
 すこしきますとまたがあって、そのまえ硝子がらすつぼひとつありました。にはいてありました。

つぼのなかのクリームをかお手足てあしにすっかりってください。」

 みるとたしかにつぼのなかのものは牛乳ぎゅうにゅうのクリームでした。
「クリームをぬれというのはどういうんだ。」
「これはね、そとがひじょうにさむいだろう。へやのなかがあんまりあたたかいとひびがきれるから、その予防よぼうなんだ。どうもおくには、よほどえらいひとがきている。こんなとこで、案外あんがいぼくらは、貴族きぞくとちかづきになるかもれないよ。」
 二人ふたりつぼのクリームを、かおってってそれから靴下くつしたをぬいであしりました。それでもまだのこっていましたから、それは二人ふたりともめいめいこっそりかおるふりをしながらべました。
 それから大急おおいそぎでをあけますと、その裏側うらがわには、

「クリームをよくりましたか、みみにもよくりましたか、」

いてあって、ちいさなクリームのつぼがここにもいてありました。
「そうそう、ぼくはみみにはらなかった。あぶなくみみにひびをらすとこだった。ここの主人しゅじんはじつに用意周到よういしゅうとうだね。」
「ああ、こまかいとこまでよくがつくよ。ところでぼくははやなにべたいんだが、どうもうどこまでも廊下ろうかじゃ仕方しかたないね。」
 するとすぐそのまえつぎがありました。

料理りょうりはもうすぐできます。
 十五分じゅうごふんとおたせはいたしません。
 すぐたべられます。
 はやくあなたのあたまびんなか香水こうすいをよくりかけてください。」

 そしてまえにはきんピカの香水こうすいびんいてありました。
 二人ふたりはその香水こうすいを、あたまへぱちゃぱちゃりかけました。
 ところがその香水こうすいは、どうものようなにおいがするのでした。
「この香水こうすいはへんにくさい。どうしたんだろう。」
「まちがえたんだ。下女げじょ風邪かぜでもいてまちがえてれたんだ。」
 二人ふたりをあけてなかにはいりました。
 裏側うらがわには、おおきないてありました。

「いろいろ注文ちゅうもんおおくてうるさかったでしょう。
 どくでした。
 もうこれだけです。
 どうかからだじゅうに、つぼなかしおをたくさん
 よくもみんでください。」

 なるほど立派りっぱあお瀬戸せと塩壺しおつぼいてありましたが、こんどというこんどは二人ふたりともぎょっとしておたがいにクリームをたくさんったかお見合みあわせました。
「どうもおかしいぜ。」
「ぼくもおかしいとおもう。」
沢山たくさん注文ちゅうもんというのは、むこうがこっちへ注文ちゅうもんしてるんだよ。」
「だからさ、西洋料理店せいようりょうりてんというのは、ぼくのかんがえるところでは、西洋料理せいようりょうりを、ひとにたべさせるのではなくて、ひと西洋料理せいようりょうりにして、べてやるうちとこういうことなんだ。これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが……。」がたがたがたがた、ふるえだしてもうものがえませんでした。
「その、ぼ、ぼくらが、……うわあ。」がたがたがたがたふるえだして、もうものがえませんでした。
げ……。」がたがたしながら一人ひとり紳士しんしはうしろのそうとしましたが、どうです、はもう一分いちぶうごきませんでした。
 おくほうにはまだ一枚いちまいがあって、おおきなかぎあなふたつつき、ぎんいろのホークとナイフのかたちりだしてあって、

「いや、わざわざご苦労くろうです。
 たいへん結構けっこうにできました。
 さあさあおなかにおはいりください。」

いてありました。おまけにかぎあなからはきょろきょろふたつのあお眼玉めだまがこっちをのぞいています。
「うわあ。」がたがたがたがた。
「うわあ。」がたがたがたがた。
 ふたりはしました。
 するとなかでは、こそこそこんなことをっています。

「だめだよ。もうがついたよ。しおをもみこまないようだよ。」
「あたりまえさ。親分おやぶんきようがまずいんだ。あすこへ、いろいろ注文ちゅうもんおおくてうるさかったでしょう、おどくでしたなんて、間抜まぬけたことをいたもんだ。」
「どっちでもいいよ。どうせぼくらには、ほねけてれやしないんだ。」
「それはそうだ。けれどももしここへあいつらがはいってなかったら、それはぼくらの責任せきにんだぜ。」
ぼうか、ぼう。おい、おきゃくさん方、はやくいらっしゃい。いらっしゃい。いらっしゃい。おさらあらってありますし、ももうよくしおでもんできました。あとはあなたがたと、をうまくとりあわせて、まっしろなおさらにのせるだけです。はやくいらっしゃい。」
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラドはおきらいですか。そんならこれからおこしてフライにしてあげましょうか。とにかくはやくいらっしゃい。」

 二人ふたりはあんまりこころいためたために、かおがまるでくしゃくしゃの紙屑かみくずのようになり、おたがいにそのかお見合みあわせ、ぶるぶるふるえ、こえもなくきました。
 なかではふっふっとわらってまたさけんでいます。

「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなにいては折角せっかくのクリームがながれるじゃありませんか。へい、ただいま。じきもってまいります。さあ、はやくいらっしゃい。」
はやくいらっしゃい。親方おやかたがもうナフキンをかけて、ナイフをもって、したなめずりして、おきゃくさまがたっていられます。」

 二人ふたりいていていていてきました。
 そのときうしろからいきなり、
「わん、わん、ぐゎあ。」というこえがして、あの白熊しろくまのようないぬ二疋にひきをつきやぶってへやなかんできました。鍵穴かぎあな眼玉めだまはたちまちなくなり、いぬどもはううとうなってしばらくへやなかをくるくるまわっていましたが、また一声ひとこえ
「わん。」とたかえて、いきなりつぎびつきました。はがたりとひらき、いぬどもはまれるようにんできました。
 そのむこうのまっくらやみのなかで、
「にゃあお、くゎあ、ごろごろ。」というこえがして、それからがさがさりました。

 へやはけむりのようにえ、二人ふたりさむさにぶるぶるふるえて、くさなかっていました。
 ると、上着うわぎくつ財布さいふやネクタイピンは、あっちのえだにぶらさがったり、こっちのもとにちらばったりしています。かぜがどうといてきて、くさはざわざわ、はかさかさ、はごとんごとんとりました。
 いぬがふうとうなってもどってきました。
 そしてうしろからは、「旦那だんなあ、旦那だんなあ、」とさけぶものがあります。
 二人ふたりにわかに元気げんきがついて
「おおい、おおい、ここだぞ、はやい。」とびました。
 簔帽子みのぼうしをかぶった専門せんもん猟師りょうしが、くさをざわざわけてやってきました。
 そこで二人ふたりはやっと安心あんしんしました。
 そして猟師りょうしのもってきた団子だんごをたべ、途中とちゅう十円じゅうえんだけ山鳥やまどりって東京とうきょうかえりました。

 しかし、さっきいっぺんかみくずのようになった二人ふたりかおだけは、東京とうきょうかえっても、おにはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。


小さな子供の時に読むと、なんとも恐怖心を煽られるお話です。
しかし、不思議に思いながらも指示通りに動いてしまう紳士たちが、なんだか可愛らしくも思えますね。
次回の作品もお楽しみに。

引用元:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/index.html)
底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
1990(平成2)年5月25日発行
1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成

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