文学作品に身を委ねて~小泉八雲『耳無芳一の話』~

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マンハッタナーズ可動式

日本語の文章を読んで理解するとき、一般的には1分で400文字程度を読むことができるといわれています。
また、一般的に短編小説は、400文字詰めの原稿用紙の10枚から80枚程度のものとされています。
原稿用紙は空白全てを埋めて書くことは無いので、大体30分から1時間で読めるものが短編小説といえますね。
このブログテーマでは、そんな短編小説を作者のプロフィールと共に紹介しています。
今回は夏ということで、少しゾクリとする怪談話、小泉八雲の「耳無芳一の話」をご紹介します。

 

日本に帰化したギリシャ生まれの文豪

夏の暑さをしのぐために涼を取りますが、物理的ではなく精神的な涼を取る方法の一つに『怪談(かいだん)』があります。
怪談は幽霊や怪奇現象が題材になった話で、古典や歌舞伎、落語のジャンルに取り入れられています。
そんな怪談を書く作者の一人として挙げられるのが『小泉八雲(こいずみやくも)』です。

1850年、彼は当時イギリス領だったギリシャのレフカダ島に「パトリック・ラフカディオ・ハーン」として生を受けました。
20代にアメリカでジャーナリストとして活躍していましたが、1884年にニューオーリンズで開催された万国博覧会にて日本の文化に触れたり、1890年に親交のあったジャーナリストに日本の良さを聞いたりして日本に強く惹かれるようになり、日本にやってきました。
翌年1891年に島根県の松江で「小泉節子(こいずみせつこ)」と結婚し、1896年に日本に帰化した際に「小泉八雲」と名乗ったのでした。

彼は作品集の出版が多く、来日後に初めて出版した代表作は『知られぬ日本の面影(しられぬにほんのおもかげ)』という紀行本です。
怪談以外の代表作だとエッセイと小説の作品集『心(こころ)』があります。
『骨董(こっとう)』や今回紹介する作品が掲載されている『怪談(かいだん)』は、怪談話の作品集です。
その中には『ろくろ首(ろくろくび)』や『雪女(ゆきおんな)』など、聞き馴染みのある妖怪のお話もあります。

さて、今回の題材の『耳無芳一の話(みみなしほういちのはなし)』は「怪談」に収録された短編の一つです。
「怪談」は妻の節子から聞いた話を再編したもので、「耳無芳一の話」も元は山口県の阿弥陀寺(現在の赤間神社)のに伝わっていた説話です。
琵琶法師の盲目の青年「芳一」が巻き込まれる事件に触れていきましょう。

 

マンハッタナーズ可動式

 


THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI
Lafcadio Hearn

耳無芳一の話
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)
戸川明三訳

 

 七百年ななひゃくねん以上いじょうも昔むかしの事こと、下ノしもの関せき海峡かいきょうの壇だんノ浦うらで、平家へいけすなわち平族へいぞくと、源氏げんじすなわち源族げんぞくとの間あいだの、永ながい争あらそいの最後さいごの戦闘せんとうが戦たたかわれた。この壇だんノ浦うらで平家へいけは、その一族いちぞくの婦人ふじん子供こどもならびにその幼帝ようてい――今日こんにち安徳天皇あんとくてんのうとして記憶きおくされている――と共ともに、まったく滅亡めつぼうした。そうしてその海うみと浜辺はまべとは七百年間ななひゃくねんかんその怨霊おんりょうに祟たたられていた……他ほかの個処かしょで私わたしはそこに居いる平家蟹へいけがにという不思議ふしぎな蟹かにの事ことを読者どくしゃ諸君しょくんに語かたった事ことがあるが、それはその背中せなかが人間にんげんの顔かおになっており、平家へいけの武者むしゃの魂たましいであると云いわれているのである。しかしその海岸かいがん一帯いったいには、たくさん不思議ふしぎな事ことが見聞みききされる。闇夜やみよには幾千いくせんとなき幽霊火ゆうれいびが、水みずうち際ぎわにふわふわさすらうか、もしくは波なみの上うえにちらちら飛とぶ――すなわち漁夫ぎょふの呼よんで鬼火おにびすなわち魔まの火ひと称しょうする青白あおじろい光ひかりである。そして風かぜの立たつ時ときには大おおきな叫さけび声ごえが、戦いくさの叫喚きょうかんのように、海うみから聞きこえて来くる。
 平家へいけの人ひと達たちは以前いぜんは今いまよりも遥はるかに焦慮もがいていた。夜よる、漕こぎ行ゆく船ふねのほとりに立たち顕あらわれ、それを沈しずめようとし、また水泳すいえいする人ひとをたえず待まち受うけていては、それを引ひきずり込こもうとするのである。これ等らの死者ししゃを慰なぐさめるために建立こんりゅうされたのが、すなわち赤間ヶ関あかまがせきの仏教ぶっきょうの御寺おてらなる阿彌陀寺あみだじであったが、その墓地ぼちもまた、それに接せっして海岸かいがんに設もうけられた。そしてその墓地ぼちの内うちには入水じゅすいされた皇帝こうていと、その歴歴れきれきの臣下しんかとの名なを刻きざみつけた幾箇いくつかの石碑せきひが立たてられ、かつそれ等らの人々ひとびとの霊れいのために、仏教ぶっきょうの法会ほうえがそこで整然ちゃんと行おこなわれていたのである。この寺てらが建立こんりゅうされ、その墓はかが出来できてから以後いご、平家へいけの人ひと達たちは以前いぜんよりも禍わざわいをする事ことが少すくなくなった。しかしそれでもなお引ひき続つづいておりおり、怪あやしい事ことをするのではあった――彼等かれらが完まったき平和へいわを得えていなかった事ことの証拠しょうことして。

 幾百年いくひゃくねんか以前いぜんの事こと、この赤間ヶ関あかまがせきに芳一ほういちという盲人もうじんが住すんでいたが、この男おとこは吟誦ぎんしょうして、琵琶びわを奏そうするに妙みょうを得えているので世よに聞きこえていた。子供こどもの時ときから吟誦ぎんしょうし、かつ弾奏だんそうする訓練くんれんを受うけていたのであるが、まだ少年しょうねんの頃ころから、師匠ししょう達たちを凌駕りょうがしていた。本職ほんしょくの琵琶法師びわほうしとしてこの男おとこは重おもに、平家へいけ及びおよび源氏げんじの物語ものがたりを吟誦ぎんしょうするので有名ゆうめいになった、そして壇だんノ浦うらの戦いくさの歌うたを謡うたうと鬼神おにがみすらも涙なみだをとどめ得えなかったという事ことである。

 芳一ほういちには出世しゅっせの首途かどでの際さい、はなはだ貧まずしかったが、しかし助たすけてくれる深切しんせつな友ともがあった。すなわち阿彌陀寺あみだじの住職じゅうしょくというのが、詩歌しいかや音楽おんがくが好すきであったので、たびたび芳一ほういちを寺てらへ招しょうじて弾奏だんそうさせまた、吟誦ぎんしょうさしたのであった。後あとになり住職じゅうしょくはこの少年しょうねんの驚おどろくべき技倆ぎりょうにひどく感心かんしんして、芳一ほういちに寺てらをば自分じぶんの家いえとするようにと云いい出だしたのであるが、芳一ほういちは感謝かんしゃしてこの申もうし出でを受納じゅのうした。それで芳一ほういちは寺院じいんの一室いっしつを与あたえられ、食事しょくじと宿泊しゅくはくとに対たいする返礼へんれいとして、別べつに用ようのない晩ばんには、琵琶びわを奏そうして、住職じゅうしょくを悦よろこばすという事ことだけが注文ちゅうもんされていた。

 ある夏なつの夜よるの事こと、住職じゅうしょくは死しんだ檀家だんかの家いえで、仏教ぶっきょうの法会ほうえを営いとなむように呼よばれたので、芳一ほういちだけを寺てらに残のこして納所なっしょを連つれて出でて行いった。それは暑あつい晩ばんであったので、盲人もうじん芳一ほういちは涼すずもうと思おもって、寝間ねまの前まえの縁側えんがわに出でていた。この縁側えんがわは阿彌陀寺あみだじの裏手うらての小ちいさな庭にわを見下みくだしているのであった。芳一ほういちは住職じゅうしょくの帰来きらいを待まち、琵琶びわを練習れんしゅうしながら自分じぶんの孤独こどくを慰なぐさめていた。夜半やはんも過すぎたが、住職じゅうしょくは帰かえって来こなかった。しかし空気くうきはまだなかなか暑あつくて、戸との内うちではくつろぐわけにはいかない、それで芳一ほういちは外そとに居いた。やがて、裏門うらもんから近ちかよって来くる跫音あしおとが聞きこえた。誰だれれかが庭にわを横断おうだんして、縁側えんがわの処ところへ進すすみより、芳一ほういちのすぐ前まえに立たち止どまった――が、それは住職じゅうしょくではなかった。底力そこぢからのある声こえが盲人もうじんの名なを呼よんだ――出だし抜ぬけに、無作法ぶさほうに、ちょうど、侍さむらいが下下したじたを呼よびつけるような風ふうに――
『芳一ほういち!』
 芳一ほういちはあまりに吃驚びっくりしてしばらくは返事へんじも出でなかった、すると、その声こえは厳きびしい命令めいれいを下くだすような調子ちょうしで呼よばわった――
『芳一ほういち!』
『はい!』と威嚇いかくする声こえに縮ちぢみ上あがって盲人もうじんは返事へんじをした――『私わたしは盲目もうもくで御座ございます!――どなたがお呼よびになるのか解わかりません!』
 見知みしらぬ人ひとは言葉ことばをやわらげて言いい出だした、『何なにも恐こわがる事ことはない、拙者せっしゃはこの寺てらの近処きんじょに居いるもので、お前まえの許とこへ用ようを伝つたえるように言いいつかって来きたものだ。拙者せっしゃの今いまの殿様とのさまと云いうのは、大たいした高たかい身分みぶんの方かたで、今いま、たくさん立派りっぱな供ともをつれてこの赤間ヶ関あかまがせきに御ご滞在たいざいなされているが、壇だんノ浦うらの戦場せんじょうを御覧ごらんになりたいというので、今日きょう、そこを御見物ごけんぶつになったのだ。ところで、お前まえがその戦争いくさの話はなしを語かたるのが、上手じょうずだという事ことをお聞ききになり、お前まえのその演奏えんそうをお聞ききになりたいとの御所望ごしょもうである、であるから、琵琶びわをもち即刻そっこく拙者せっしゃと一緒いっしょに尊とうとい方方かたがたの待まち受うけておられる家いえへ来くるが宜よい』
 当時とうじ、侍さむらいの命令めいれいと云いえば容易よういに、反そむくわけにはいかなかった。で、芳一ほういちは草履ぞうりをはき琵琶びわをもち、知しらぬ人ひとと一緒いっしょに出でて行いったが、その人ひとは巧者こうしゃに芳一ほういちを案内あんないして行いったけれども、芳一ほういちはよほど急いそぎ足あしで歩あるかなければならなかった。また手引てびきをしたその手ては鉄てつのようであった。武者むしゃの足あしどりのカタカタいう音おとはやがて、その人ひとがすっかり甲冑かっちゅうを著つけている事ことを示しめした――定さだめし何なにか殿居とのいの衛士えじででもあろうか、芳一ほういちの最初さいしょの驚おどろきは去さって、今いまや自分じぶんの幸運こううんを考かんがえ始はじめた――何故なぜかというに、この家来けらいの人ひとの「大たいした高たかい身分みぶんの人ひと」と云いった事ことを思おもい出だし、自分じぶんの吟誦ぎんしょうを聞ききたいと所望しょもうされた殿様とのさまは、第一流だいいちりゅうの大名だいみょうに外ほかならぬと考かんがえたからである。やがて侍さむらいは立たち止どまった。芳一ほういちは大おおきな門口かどぐちに達たっしたのだと覚さとった――ところで、自分じぶんは町まちのその辺へんには、阿彌陀寺あみだじの大門だいもんを外そとにしては、別べつに大おおきな門もんがあったとは思おもわなかったので不思議ふしぎに思おもった。「開門かいもん!」と侍さむらいは呼よばわった――すると閂かんぬきを抜ぬく音おとがして、二人ふたりは這入はいって行いった。二人ふたりは広ひろい庭にわを過すぎ再ふたたびある入口いりぐちの前まえで止とまった。そこでこの武士ぶしは大おおきな声こえで「これ誰だれれか内うちのもの! 芳一ほういちを連つれて来きた」と叫さけんだ。すると急いそいで歩あるく跫音あしおと、襖ふすまのあく音おと、雨戸あまどの開ひらく音おと、女おんな達たちの話はなし声ごえなどが聞きこえて来きた。女おんな達たちの言葉ことばから察さっして、芳一ほういちはそれが高貴こうきな家いえの召使めしつかいである事ことを知しった。しかしどういう処ところへ自分じぶんは連つれられて来きたのか見当けんとうが付つかなかった。が、それをとにかく考かんがえている間まもなかった。手てを引ひかれて幾箇いくつかの石段いしだんを登のぼると、その一番いちばん最後しまいの段だんの上うえで、草履ぞうりをぬげと云いわれ、それから女おんなの手てに導みちびかれて、拭ふき込こんだ板鋪いたじきのはてしのない区域くいきを過すぎ、覚おぼえ切きれないほどたくさんな柱はしらの角かどをまわ(※1)り、驚おどろくべきほど広ひろい畳たたみを敷しいた床ゆかを通とおり――大おおきな部屋へやの真中まんなかに案内あんないされた。そこに大勢おおぜいの人ひとが集つどっていたと芳一ほういちは思おもった。絹きぬのすれる音おとは森もりの木この葉はの音おとのようであった。それからまた何なんだかガヤガヤ云いっている大勢おおぜいの声こえも聞きこえた――低音ていおんで話はなしている。そしてその言葉ことばは宮中きゅうちゅうの言葉ことばであった。
 芳一ほういちは気楽きらくにしているようにと云いわれ、座蒲団ざぶとんが自分じぶんのために備そなえられているのを知しった。それでその上うえに座ざを取とって、琵琶びわの調子ちょうしを合あわせると、女おんなの声こえが――その女おんなを芳一ほういちは老女ろうじょすなわち女おんなのする用向ようむきを取とり締しまる女中頭じょちゅうがしらだと判はんじた――芳一ほういちに向むかってこう言いいかけた――
『ただ今いま、琵琶びわに合あわせて、平家へいけの物語ものがたりを語かたっていただきたいという御所望ごしょもうに御座ございます』
 さてそれをすっかり語かたるのには幾晩いくばんもかかる、それ故ゆえ芳一ほういちは進すすんでこう訊たずねた――
『物語ものがたりの全部ぜんぶは、ちょっとは語かたられませぬが、どの条下くさりを語かたれという殿様とのさまの御所望ごしょもうで御座ございますか?』
 女おんなの声こえは答こたえた――
『壇だんノ浦うらの戦いくさの話はなしをお語かたりなされ――その一条下ひとくさりが一番いちばん哀あわれの深ふかい処ところで御座ございますから』
 芳一ほういちは声こえを張はり上あげ、烈はげしい海戦かいせんの歌うたをうたった――琵琶びわを以もって、あるいは橈かいを引ひき、船ふねを進すすめる音おとを出ださしたり、はッしと飛とぶ矢やの音おと、人々ひとびとの叫さけぶ声こえ、足踏あしぶみの音おと、兜かぶとにあたる刃はの響ひびき、海うみに陥おちいる打うたれたもの音おと等などを、驚おどろくばかりに出ださしたりして。その演奏えんそうの途切とぎれ途切とぎれに、芳一ほういちは自分じぶんの左右さゆうに、賞讃しょうさんの囁ささやく声こえを聞きいた、――「何なんという巧うまい琵琶びわ師しだろう!」――「自分じぶん達たちの田舎いなかではこんな琵琶びわを聴きいた事ことがない!」――「国中くにじゅうに芳一ほういちのような謡うたい手てはまたとあるまい!」するといっそう勇気ゆうきが出でて来きて、芳一ほういちはますますうまく弾ひきかつ謡うたった。そして驚おどろきのため周囲しゅういは森もりとしてしまった。しかし終おわりに美人びじん弱者じゃくしゃの運命うんめい――婦人ふじんと子供こどもとの哀あわれな最期さいご――双腕そうわんに幼帝ようていを抱いだき奉たてまつった二位にいの尼あまの入水じゅすいを語かたった時ときには――聴者ちょうしゃはことごとく皆みな一様いちように、長ながい長ながい戦おののき慄ふるえる苦悶くもんの声こえをあげ、それから後あとというもの一同いちどうは声こえをあげ、取とり乱みだして哭なき悲かなしんだので、芳一ほういちは自分じぶんの起おこさした悲痛ひつうの強烈きょうれつなのに驚おどろかされたくらいであった。しばらくの間あいだはむせび悲かなしむ声こえが続つづいた。しかし、おもむろに哀哭あいこくの声こえは消きえて、またそれに続つづいた非常ひじょうな静しずかさの内うちに、芳一ほういちは老女ろうじょであると考かんがえた女おんなの声こえを聞きいた。
 その女おんなはこう云いった――
『私共わたくしどもは貴方あなたが琵琶びわの名人めいじんであって、また謡うたう方ほうでも肩かたを並ならべるもののない事ことは聞きき及およんでいた事ことでは御座ございますが、貴方あなたが今晩こんばん御聴おきかせ下くだすったようなあんなお腕前うでまえをお有もちになろうとは思おもいも致いたしませんでした。殿様とのさまには大層たいそう御気おきに召めし、貴方あなたに十分じゅうぶんな御礼おれいを下くださる御考おかんがえである由よしを御伝おつたえ申もうすようにとの事ことに御座ございます。が、これから後あと六日むいかの間あいだ毎晩まいばん一度いちどずつ殿様とのさまの御前ごぜんで演奏わざをお聞ききに入いれるようとの御意ぎょいに御座ございます――その上うえで殿様とのさまにはたぶん御帰おかえりの旅たびに上のぼられる事ことと存ぞんじます。それ故ゆえ明晩みょうばんも同おなじ時刻じこくに、ここへ御出向おでむきなされませ。今夜こんや、貴方あなたを御案内ごあんないいたしたあの家来けらいが、また、御迎おむかえに参まいるで御座ございましょう……それからも一ひとつ貴方あなたに御伝おつたえするように申もうしつけられた事ことが御座ございます。それは殿様とのさまがこの赤間ヶ関あかまがせきに御ご滞在たいざい中ちゅう、貴方あなたがこの御殿ごてんに御上おあがりになる事ことを誰だれれにも御話おはなしにならぬようとの御所望ごしょもうに御座ございます。殿様とのさまには御忍おしのびの御旅行ごりょこうゆえ、かような事ことはいっさい口外こうがい致いたさぬようにとの御ご上意じょういによりますので。……ただ今いま、御自由ごじゆうに御坊ごぼうに御帰おかえりあそばせ』

 芳一ほういちは感謝かんしゃの意いを十分じゅうぶんに述のべると、女おんなに手てを取とられてこの家いえの入口いりぐちまで来き、そこには前まえに自分じぶんを案内あんないしてくれた同おなじ家来けらいが待まっていて、家いえにつれられて行いった。家来けらいは寺てらの裏うらの縁側えんがわの処ところまで芳一ほういちを連つれて来きて、そこで別わかれを告つげて行いった。

 芳一ほういちの戻もどったのはやがて夜明よあけであったが、その寺てらをあけた事ことには、誰だれれも気きが付つかなかった――住職じゅうしょくはよほど遅おそく帰かえって来きたので、芳一ほういちは寝ねているものと思おもったのであった。昼ひるの中なか芳一ほういちは少すこし休息きゅうそくする事ことが出来できた。そしてその不思議ふしぎな事件じけんについては一言ひとこともしなかった。翌日よくじつの夜中よなかに侍さむらいがまた芳一ほういちを迎むかえに来きて、かの高貴こうきの集あつまりに連つれて行いったが、そこで芳一ほういちはまた吟誦ぎんしょうし、前ぜん囘かいの演奏えんそうが贏かち得えたその同おなじ成功せいこうを博はくした。しかるにこの二度目にどめの伺候中しこうちゅう、芳一ほういちの寺てらをあけている事ことが偶然ぐうぜんに見みつけられた。それで朝あさ戻もどってから芳一ほういちは住職じゅうしょくの前まえに呼よびつけられた。住職じゅうしょくは言葉ことばやわらかに叱しかるような調子ちょうしでこう言いった、――
『芳一ほういち、私共わたくしどもはお前まえの身みの上うえを大変たいへん心配しんぱいしていたのだ。目めが見みえないのに、一人ひとりで、あんなに遅おそく出でかけては険難けんのんだ。何故なぜ、私共わたくしどもにことわらずに行いったのだ。そうすれば下男げなんに供ともをさしたものに、それからまたどこへ行いっていたのかな』
 芳一ほういちは言いいのが(※2)れるように返事へんじをした――
『和尚おしょう様さま、御免下ごめんくださいまし! 少々しょうしょう私用しようが御座ございまして、他ほかの時刻じこくにその事ことを処置しょちする事ことが出来できませんでしたので』
 住職じゅうしょくは芳一ほういちが黙だまっているので、心配しんぱいしたというよりむしろ驚おどろいた。それが不自然ふしぜんな事ことであり、何なにかよくない事ことでもあるのではなかろうかと感かんじたのであった。住職じゅうしょくはこの盲人もうじんの少年しょうねんがあるいは悪魔あくまにつかれたか、あるいは騙だまされたのであろうと心配しんぱいした。で、それ以上いじょう何なにも訊たずねなかったが、ひそかに寺てらの下男げなんに旨むねをふくめて、芳一ほういちの行動こうどうに気きをつけており、暗くらくなってから、また寺てらを出でて行いくような事ことがあったなら、その後あとを跟つけるようにと云いいつけた。

 すぐその翌晩よくばん、芳一ほういちの寺てらを脱ぬけ出だして行いくのを見みたので、下男げなん達たちは直ただちに提灯ちょうちんをともし、その後あとを跟つけた。しかるにそれが雨あめの晩ばんで非常ひじょうに暗くらかったため、寺男てらおとこが道路どうろへ出でない内うちに、芳一ほういちの姿すがたは消きえ失うせてしまった。まさしく芳一ほういちは非常ひじょうに早足はやあしで歩あるいたのだ――その盲目もうもくな事ことを考かんがえてみるとそれは不思議ふしぎな事ことだ、何故なぜかと云いうに道みちは悪わるかったのであるから。男達おとこたちは急いそいで町まちを通とおって行いき、芳一ほういちがいつも行いきつけている家いえへ行いき、訊たずねてみたが、誰だれれも芳一ほういちの事ことを知しっているものはなかった。しまいに、男達おとこたちは浜辺はまべの方ほうの道みちから寺てらへ帰かえって来くると、阿彌陀寺あみだじの墓地ぼちの中なかに、盛さかんに琵琶びわの弾だんじられている音おとが聞きこえるので、一同いちどうは吃驚びっくりした。二ふたつ三みっつの鬼火おにび――暗くらい晩ばんに通例つうれいそこにちらちら見みえるような――の外そと、そちらの方ほうは真暗まっくらであった。しかし、男達おとこたちはすぐに墓地ぼちへと急いそいで行いった、そして提灯ちょうちんの明あかりで、一同いちどうはそこに芳一ほういちを見みつけた――雨あめの中なかに、安徳あんとく天皇てんのうの記念きねんの墓はかの前まえに独ひとり坐すわって、琵琶びわをならし、壇だんノ浦うらの合戦かっせんの曲きょくを高たかく誦しょうして。その背後うしろと周囲まわりと、それから到いたる処ところたくさんの墓はかの上うえに死者ししゃの霊火れいかが蝋燭ろうそくのように燃もえていた。いまだかつて人ひとの目めにこれほどの鬼火おにびが見みえた事ことはなかった……
『芳一ほういちさん!――芳一ほういちさん!』下男げなん達たちは声こえをかけた『貴方あなたは何なにかに魅ばかされているのだ!……芳一ほういちさん!』
 しかし盲人もうじんには聞きこえないらしい。力ちからを籠こめて芳一ほういちは琵琶びわを錚錚そうそうかつかつ(※3)と鳴ならしていた――ますます烈はげしく壇だんノ浦うらの合戦かっせんの曲きょくを誦しょうした。男達おとこたちは芳一ほういちをつかまえ――耳みみに口くちをつけて声こえをかけた――
『芳一ほういちさん!――芳一ほういちさん!――すぐ私わたし達たちと一緒いっしょに家うちにお帰かえんなさい!』
 叱しかるように芳一ほういちは男達おとこたちに向むかって云いった――
『この高貴こうきの方方かたがたの前まえで、そんな風ふうに私わたしの邪魔じゃまをするとは容赦ようしゃはならんぞ』
 事柄ことがらの無気味ぶきみなに拘かかわらず、これには下男げなん達たちも笑わらわずにはいられなかった。芳一ほういちが何なにかに魅ばかされていたのは確たしかなので、一同いちどうは芳一ほういちを捕つかまえ、その身体からだをもち上あげて起たたせ、力ちからまかせに急いそいで寺てらへつれ帰かえった――そこで住職じゅうしょくの命令めいれいで、芳一ほういちは濡ぬれた著物きものを脱ぬぎ、新あたらしい著物きものを著きせられ、食たべものや、飲のみものを与あたえられた。その上うえで住職じゅうしょくは芳一ほういちのこの驚おどろくべき行為こういをぜひ十分じゅうぶんに説とき明あかす事ことを迫せまった。
 芳一ほういちは長ながい間あいだそれを語かたるに躊躇ちゅうちょしていた。しかし、遂ついに自分じぶんの行為こういが実際じっさい、深切しんせつな住職じゅうしょくを脅おびやかしかつ怒おこらした事ことを知しって、自分じぶんの緘黙かんもくを破やぶろうと決心けっしんし、最初さいしょ、侍さむらいの来きた時とき以来いらい、あった事ことをいっさい物語ものがたった。
 すると住職じゅうしょくは云いった……
『可哀かわいそうな男おとこだ。芳一ほういち、お前まえの身みは今いま大変たいへんに危あやういぞ! もっと前まえにお前まえがこの事ことをすっかり私わたしに話はなさなかったのはいかにも不幸ふこうな事ことであった! お前まえの音楽おんがくの妙技みょうぎがまったく不思議ふしぎな難儀なんぎにお前まえを引ひき込こんだのだ。お前まえは決けっして人ひとの家いえを訪おとずれているのではなくて、墓地ぼちの中なかに平家へいけの墓はかの間あいだで、夜よるを過すごしていたのだという事ことに、今いまはもう心付こころづかなくてはいけない――今夜こんや、下男げなん達たちはお前まえの雨あめの中なかに坐すわっているのを見みたが、それは安徳あんとく天皇てんのうの記念きねんの墓はかの前まえであった。お前まえが想像そうぞうしていた事ことはみな幻影まぼろしだ――死しんだ人ひとの訪おとずれて来きた事ことの外ほかは。で、一度いちど死しんだ人ひとの云いう事ことを聴きいた上うえは、身みをその為するがままに任まかしたというものだ。もしこれまであった事ことの上うえに、またも、その云いう事ことを聴きいたなら、お前まえはその人ひと達たちに八やつ裂ざきにされる事ことだろう。しかし、いずれにしても早晩そうばん、お前まえは殺ころされる……ところで、今夜こんや私わたしはお前まえと一緒いっしょにいるわけにいかぬ。私わたしはまた一ひとつ法会ほうえをするように呼よばれている。が、行いく前まえにお前まえの身体からだを護まもるために、その身体からだに経文きょうもんを書かいて行いかなければなるまい』

 日没前にちぼつまえ住職じゅうしょくと納所なっしょとで芳一ほういちを裸はだかにし、筆ふでを以もって二人ふたりして芳一ほういちの、胸むね、背せ、頭あたま、顔かお、頸くび、手足てあし――身体中からだじゅうどこと云いわず、足あしの裏うらにさえも――般若心経はんにゃしんぎょうというお経きょうの文句もんくを書かきつけた。それが済すむと、住職じゅうしょくは芳一ほういちにこう言いいつけた。――
『今夜こんや、私わたしが出でて行いったらすぐに、お前まえは縁側えんがわに坐すわって、待まっていなさい。すると迎むかえが来くる。が、どんな事ことがあっても、返事へんじをしたり、動うごいてはならぬ。口くちを利きかず静しずかに坐すわっていなさい――禅定ぜんじょうに入はいっているようにして。もし動うごいたり、少すこしでも声こえを立たてたりすると、お前まえは切きりさいなまれてしまう。恐こわがらず、助たすけを呼よんだりしようと思おもってはいかぬ。――助たすけを呼よんだところで助たすかるわけのものではないから。私わたしが云いう通とおりに間違まちがいなくしておれば、危険きけんは通とおり過すぎて、もう恐こわい事ことはなくなる』

 日ひが暮くれてから、住職じゅうしょくと納所なっしょとは出でて行いった、芳一ほういちは言いいつけられた通とおり縁側えんがわに座ざを占しめた。自分じぶんの傍そばの板鋪いたじきの上うえに琵琶びわを置おき、入禅にゅうぜんの姿勢しせいをとり、じっと静しずかにしていた――注意ちゅういして咳せきもせかず、聞きこえるようには息いきもせずに。幾いく時間じかんもこうして待まっていた。
 すると道路どうろの方ほうから跫音あしおとのやって来くるのが聞きこえた。跫音あしおとは門もんを通とおり過すぎ、庭にわを横断よこぎり、縁側えんがわに近寄ちかよって止とまった――すぐ芳一ほういちの正面しょうめんに。
『芳一ほういち!』と底力そこぢからのある声こえが呼よんだ。が盲人もうじんは息いきを凝こらして、動うごかずに坐すわっていた。
『芳一ほういち!』と再ふたたび恐おそろしい声こえが呼よばわった。ついで三度さんど――兇猛きょうもうな声こえで――
『芳一ほういち』
 芳一ほういちは石いしのように静しずかにしていた――すると苦情くじょうを云いうような声こえで――
『返事へんじがない!――これはいかん!……奴やつ、どこに居いるのか見みてやらなけれやア』……
 縁側えんがわに上あがる重おもくるしい跫音あしおとがした。足あしはしずしずと近寄ちかよって――芳一ほういちの傍そばに止とまった。それからしばらくの間あいだ――その間あいだ、芳一ほういちは全身ぜんしんが胸むねの鼓動こどうするにつれて震ふるえるのを感かんじた――まったく森閑しんかんとしてしまった。
 遂ついに自分じぶんのすぐ傍そばであらあらしい声こえがこう云いい出だした――『ここに琵琶びわがある、だが、琵琶びわ師しと云いっては――ただその耳みみが二ふたつあるばかりだ!……道理どうりで返事へんじをしないはずだ、返事へんじをする口くちがないのだ――両耳りょうみみの外そと、琵琶びわ師しの身体からだは何なにも残のこっていない……よし殿様とのさまへこの耳みみを持もって行いこう――出来できる限かぎり殿様とのさまの仰おおせられた通とおりにした証拠しょうこに……』
 その瞬時しゅんじに芳一ほういちは鉄てつのような指ゆびで両耳りょうみみを掴つかまれ、引ひきちぎられたのを感かんじた! 痛いたさは非常ひじょうであったが、それでも声こえはあげなかった。重おもくるしい足踏あしぶみは縁側えんがわを通とおって退しりぞいて行いき――庭にわに下おり――道路どうろの方ほうへ通とおって行いき――消きえてしまった。芳一ほういちは頭あたまの両側りょうがわから濃こい温あたたかいものの滴したたって来くるのを感かんじた。が、あえて両りょう手てを上あげる事こともしなかった……

 日ひの出で前まえに住職じゅうしょくは帰かえって来きた。急いそいですぐに裏うらの縁側えんがわの処ところへ行いくと、何なんだかねばねばしたものを踏ふみつけて滑すべり、そして慄然ぞっとして声こえをあげた――それは提灯ちょうちんの光ひかりで、そのねばねばしたものの血ちであった事ことを見みたからである。しかし、芳一ほういちは入禅にゅうぜんの姿勢しせいでそこに坐すわっているのを住職じゅうしょくは認みとめた――傷きずからはなお血ちをだらだら流ながして。
『可哀かわいそうに芳一ほういち!』と驚おどろいた住職じゅうしょくは声こえを立たてた――『これはどうした事ことか……お前まえ、怪我けがをしたのか』……
 住職じゅうしょくの声こえを聞きいて盲人もうじんは安心あんしんした。芳一ほういちは急きゅうに泣なき出だした。そして、涙なみだながらにその夜よるの事件じけんを物語ものがたった。『可哀かわいそうに、可哀かわいそうに芳一ほういち!』と住職じゅうしょくは叫さけんだ――『みな私わたしの手落ておちだ!――酷ひどい私わたしの手落ておちだ!……お前まえの身体中からだじゅうくまなく経文きょうもんを書かいたに――耳みみだけが残のこっていた! そこへ経文きょうもんを書かく事ことは納所なっしょに任まかしたのだ。ところで納所なっしょが相違そういなくそれを書かいたか、それを確たしかめておかなかったのは、じゅうじゅう私わたしが悪わるるかった!……いや、どうもそれはもう致いたし方かたのない事ことだ――出来できるだけ早はやく、その傷きずを治なおすより仕方しかたがない……芳一ほういち、まア喜よろこべ!――危険きけんは今いままったく済すんだ。もう二度にどとあんな来客らいきゃくに煩わずらわされる事ことはない』

 深切しんせつな医者いしゃの助たすけで、芳一ほういちの怪我けがはほどなく治なおった。この不思議ふしぎな事件じけんの話はなしは諸方しょほうに広ひろがり、たちまち芳一ほういちは有名ゆうめいになった。貴とうとい人々ひとびとが大勢おおぜい赤間ヶ関あかまがせきに行いって、芳一ほういちの吟誦ぎんしょうを聞きいた。そして芳一ほういちは多額たがくの金員きんいんを贈おくり物ものに貰もらった――それで芳一ほういちは金持かねもちになった……しかしこの事件じけんのあった時ときから、この男おとこは耳無芳一みみなしほういちという呼よび名なばかりで知しられていた。

※1 「廴+囘」、第4水準2-12-11
※2 「しんにゅう+官」、第3水準1-92-56
※3 「口+戛」、第3水準1-15-17


理不尽な恐怖を与えてくる怪談話は、ゾワゾワとした感覚がありながらもどこかクセになってしまいますね。
これからの暑くなる時期に積極的に読んでいきたいジャンルです。
次回の短編紹介もお楽しみに。

引用元:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/index.html)
底本:「小泉八雲全集第八卷家庭版」第一書房
1937(昭和12)年1月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(訓練者一同)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年3月29日作成

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