母だけでなく父にも感謝を。父の日の始まりとは。

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日本では、一年の中で誰かに感謝する日がいくつかあります。
先月は母の日がありましたが、今月は6月15日(日)に父の日がありますね。
以前、このブログで母の日の由来についてご紹介しましたが、今回は父の日の由来について触れていきましょう。

母の日についてのブログはコチラ↓

 

父親を深く尊敬したドッド夫人

母親に感謝を表す「母の日」に対して『父の日(ちちのひ)』は、父親に感謝を表す日です。
子どもには両親がいるはずなので、普通に考えると母親と父親、両方に感謝するのは当たり前のように思えます。
しかし、実は父の日が行われるきっかけになったのは、母の日の存在があったからなのです。

日本の父の日の始まりは、1909年にまで遡ります。
アメリカ合衆国に『ソノラ・スマート・ドッド(以下、ソノラ)』という女性が「父親に感謝する日を作りたい」と嘆願したことがきっかけです。
彼女の父親である『ウィリアム・ジャクソン・スマート(以下、ウィリアム)』は、南北戦争時に軍人として従事した人物でした。
戦争終了後に彼はエリザベスという女性と結婚し、5人の子どもを授かりました。

しかし、1878年頃にエリザベスは亡くなり、ウィリアムは5人の子どもを育てることとなります。
それから2年後、ウィリアムは未亡人であったエレンと再婚します。
エレンは前夫との間にできた3人の子どもを連れており、ウィリアムは農家として沢山の家族を養うことになりました。

それからウィリアムは、エレンとの間に6人の子を儲けます。
しかし1898年、エレンは6人目の子どもを出産する際に亡くなってしまいます。
最初の妻との間にできた子供や連れ子たちは何人か成人していましたが、エレンとの間にできた子供たちはまだ幼かったので、ウィリアムは再び子どもたちを育てることとなったのです。

ソノラは、ウィリアムとエレンの間に生まれた唯一の娘でした。
エレンの死後、ソノラはウィリアムと共に弟たちを育てました。
つまり、ウィリアムの苦労を一番近くで見ていたのがソノラだったのです。
ソノラは自分を含め、男手一つで兄弟たちを育てたウィリアムを深く尊敬していました。

そして1909年、前年から始まった「母の日」の祝典に参加したソノラは「母の日のように父親にも感謝を捧げる日があるべきだ」と考え、父の日を作るために牧師協会へと働きかけたのでした。
ソノラの願いは叶い、翌年の1910年「父の日」の最初の祝典が開催されることになりました。
当初はウィリアムの誕生日である6月5日に行われる予定でしたが、準備が間に合わなかったために6月の第3日曜日である6月19日に開催されました。
その後、父の日は少しずつ認知されるようになり、1966年に当時のアメリカ大統領「リンドン・ジョンソン」が父の日を称賛する大統領告示を発し、毎年6月の第3日曜日を父の日に定めました。
そして1972年、ついにアメリカで正式に国の記念日として制定されたのでした。

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日本の父の日

日本に父の日が伝わってきたのは、アメリカで父の日が記念日に制定されるよりも前、戦後の1950年代頃。
当時、既に記念日に定められていた母の日と共に伝わってきましたが、母の日のように日本で母体になった記念日が無く、父親を主体とする行事も無かったため、あまり世間に普及しませんでした。
本格的に広まり出したのは1980年、当時「一般社団法人日本メンズファッション協会」の理事長を務めていた『伊藤恭一(いとうきょういち)』氏が、国際会議でアメリカの父の日の祭典を知ります。
その素晴らしさに感動した伊藤氏は、帰国後1981年に『FDC 日本ファーザーズ・デイ委員会』を設立。

1982年に第1回『父の日黄色いリボンキャンペーン』開催したり、第1回『ベスト・ファーザー発表・授賞式』開催したりしました。
これをきっかけに世間に父の日が知られるようになり、今では日本でもアメリカと同じように毎年6月の第3日曜日に行われるようになりました。

 

父の日に贈られる花

母の日に贈られる花といえば「カーネーション」が思い浮かびますが、父の日にも贈る花があります。
アメリカでは『バラ』を贈るのが一般的です。
これは、アメリカで初めて父の日の祭典が行われた際、YMCA(キリスト教青年会)のメンバーが母の日の祝典でカーネーションを身に着けたように、バラを身に着けたことに由来するといわれています。
この時、父親が存命の場合は『赤いバラ』を、亡くなっている場合は『白いバラ』を身に着けたのです。
後にソノラも父親の墓前に白いバラを供えたことから、アメリカで広まっていったのです。

対して、日本では『黄色いバラ』を贈るのが一般的です。
これは、FDC 日本ファーザーズ・デイ委員会が父の日を普及させるときに提唱した「黄色いリボンキャンペーン」の影響です。
元々、アメリカでは黄色いリボンは「戦争に送られた、愛する人の無事を願う想い」を表すシンボルです。
このシンボルを元に提唱した「黄色いリボン」とアメリカで贈られていた「バラ」が同化した結果、黄色いバラとして日本で定着したのです。

 

母の日が母親への深い愛情でできたように、父の日も父親への深い愛情でできたもの。
尊敬する両親だからこそ生まれた記念日といえます。
感謝の気持ちを素直に伝えるのは、なかなか照れ臭いことかもしれませんが、せっかくの記念日を大切にしていきたいですね。

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