文学作品に身を委ねて~坂口安吾『桜の森の満開の下』~

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皆さんは最近、本を読んでいますか。
多種多様な娯楽に溢れている今、小説などの本を読むことが少なくなっているとのこと。
本は、なんといっても想像力を鍛えるのに良いと同時に、身に付ければどんどん本も面白くなっていくのもいいところです。
そんなきっかけの一つとして、ここでは短編小説を紹介しています。
そろそろ回数を重ねてきて、慣れてきた方もいるかと思いますので、1時間ほどで読める小説に挑戦してみましょう。
題目は、坂口安吾の「桜の森の満開の下」です。

 

戦後に活躍した無頼派の一人

戦後から発展していった現代文学の中で、既成文学のスタイルに反発した作風を持った『無頼派(ぶらいは)』と呼ばれる作家たち。
この枠組みを作り上げた一人が『坂口安吾(さかぐちあんご)』です。
作品中の言い回しや文体が独特で、人間や社会の本質を捉えることを得意とした作家です。
純文学だけでなく、歴史小説や推理小説なども書き、さらには幅広いジャンルの随筆や観戦記、フランス文学の翻訳出版など、多岐にわたって活動した人物です。
ただし、途中で書くのを放棄した未完成や未発表の作品も多く、気まぐれな面もあったそうです。
人気作家まで上り詰めましたが、48歳の時に脳出血で亡くなっています。

坂口は、戦前に『風博士(かぜはかせ)』『黒谷村(くろたにむら)』を発表したことをきっかけに、作家として注目されるようになりました。
戦後になると、敗戦直後の指標を示して世間に大きく影響を与えた『堕落論(だらくろん)』『白痴(はくち)』が特に有名です。
他にも長辺推理小説の『不連続殺人事件(ふれんぞくさつじんじけん)』や黒田官兵衛を主人公とした歴史小説『二流の人(にりゅうのひと)』などがあります。

今回ご紹介する『桜の森の満開の下(さくらのもりのまんかいのした)』は、虚無と孤独を描いた怪奇物語です。
主人公の山賊と妖しい女との生活の中に、人間の欲望や残酷さが際立っています。
特に都で行われる女の狂気的な行動は、読んでいるだけで悪寒を感じます。
しかし、物語の最後には山賊が初めてしっかりと実感する冷たい孤独感が伝わってくる不思議な物語です。
その幻想的な世界観を味わってみてください。

 

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桜の森の満開の下
坂口安吾

 さくらはなくと人々ひとびとさけをぶらさげたり団子だんごをたべてはなしたあるいて絶景ぜっけいだのはるランマンだのとかれて陽気ようきになりますが、これはうそです。なぜうそかともうしますと、さくらはなしたひとがよりつどってぱらってゲロをいて喧嘩けんかして、これは江戸時代えどじだいからのはなしで、大昔おおむかしさくらはなしたおそろしいとおもっても、絶景ぜっけいだなどとはだれおもいませんでした。近頃ちかごろさくらはなしたといえば人間にんげんがよりつどってさけをのんで喧嘩けんかしていますから陽気ようきでにぎやかだとおもいこんでいますが、さくらはなしたから人間にんげんるとおそろろしい景色げしきになりますので、のうにも、さる母親ははおや愛児あいじひとさらいにさらわれて子供こどもさがして発狂はっきょうしてさくらはな満開まんかいはやししたかかり見渡みわたはなびらのかげ子供こどもまぼろしえがいてくるじにしてはなびらにまってしまう(このところ小生しょうせい蛇足だそく)というはなしもあり、さくらはやしはなしたひと姿すがたがなければおそろしいばかりです。
 むかし鈴鹿峠すずかとうげにも旅人たびびとさくらもりはなしたとおらなければならないようなみちになっていました。はなかないころはよろしいのですが、はな季節きせつになると、旅人たびびとはみんなもりはなしたへんになりました。できるだけはやはなしたからげようとおもって、あおのあるほう一目散いちもくさんはしりだしたものです。一人ひとりだとまだよいので、なぜかというと、はなした一目散いちもくさんげて、あたりまえのしたへくるとホッとしてヤレヤレとおもって、すむからですが、二人ふたりづれ都合つごうわるい。なぜなら人間にんげんあしはやさは各人各様かくじんかくようで、一人ひとりおくれますから、オイってくれ、あとから必死ひっしさけんでも、みんな気違きちがいで、友達ともだちをすててはしります。それで鈴鹿峠すずかとうげさくらもりはなした通過つうかしたとたんに今迄いままでなかのよかった旅人たびびとなかわるくなり、相手あいて友情ゆうじょう信用しんようしなくなります。そんなことから旅人たびびと自然しぜんさくらもりしたとおらないで、わざわざとおまわりのべつやまみちあるくようになり、やがてさくらもり街道かいどうはずれてひと一人ひとりとおらないやま静寂せいじゃくへとりのこされてしまいました。
 そうなって何年なんねんかあとに、このやま一人ひとり山賊さんぞくみはじめましたが、この山賊さんぞくはずいぶんむごたらしいおとこで、街道かいどうへでて情容赦なさけようしゃなく着物きものをはぎひといのちちましたが、こんなおとこでもさくらもりはなしたへくるとやっぱりおそろしくなってへんになりました。そこで山賊さんぞくはそれ以来いらいはながきらいで、はなというものはおそろしいものだな、なんだかいやなものだ、そういうふうはらなかではつぶやいていました。はなしたではかぜがないのにゴウゴウかぜっているようながしました。そのくせかぜがちっともなく、ひとつも物音ものおとがありません。自分じぶん姿すがた跫音あしおとばかりで、それがひっそりつめめたいそしてうごかないかぜなかにつつまれていました。はなびらがぽそぽそるようにたましいっていのちがだんだんおとろえてくようにおもわれます。それでをつぶってなにさけんでげたくなりますが、をつぶるとさくらにぶつかるのでをつぶるわけにもきませんから、一そう気違きちがいになるのでした。
 けれども山賊さんぞく落付おちついたおとこで、後悔こうかいということをらないおとこですから、これはおかしいとかんがえたのです。ひとつ、来年らいねんかんがえてやろう。そうおもいました。今年ことしかんがえるがしなかったのです。そして、来年らいねんはながさいたら、そのときじっくりかんがえようとおもいました。毎年まいとしそうかんがえて、もう十何年じゅうなんねんもたち、今年ことしまた来年らいねんになったらかんがえてやろうとおもって、またとしれてしまいました。
 そうかんがえているうちに、はじめは一人ひとりだった女房にょうぼうがもう七人しちにんにもなり、八人目はちにんめ女房にょうぼうまた街道かいどうからおんな亭主ていしゅ着物きもの一緒いっしょにさらってきました。おんな亭主ていしゅころしてきました。
 山賊さんぞくおんな亭主ていしゅころときから、どうもへんだとおもっていました。いつもと勝手かってちがうのです。どこということはわからぬけれども、へんてこで、けれどもかれこころものにこだわることにれませんので、そのときも格別かくべつふかこころにとめませんでした。
 山賊さんぞくはじめはおとこころはなかったので、ぐるみがせて、いつもするようにとっととせろととばしてやるつもりでしたが、おんなうつくしすぎたので、ふと、おとこりすてていました。かれ自身じしんおもいがけない出来事できごとであったばかりでなく、おんなにとってもおもいがけない出来事できごとだったしるしに、山賊さんぞくがふりむくとおんなこしをぬかしてかれかおをぼんやりつめました。今日きょうからおまえおれ女房にょうぼうだとうと、おんなはうなずきました。をとっておんなおこすと、おんなあるけないからオブっておくれといます。山賊さんぞく承知しょうち承知しょうちおんな軽々かるがる背負せおってあるきましたが、けわしいのぼざかへきて、ここはあぶないからりてあるいてもらおうとっても、おんなはしがみついて厭々いやいやいやヨ、とってりません。
「おまえのような山男やまおとこくるしがるほどの坂道さかみちをどうしてわたしあるけるものか、かんがえてごらんよ」
「そうか、そうか、よしよし」とおとこつかれてくるしくてもこう機嫌きげんでした。「でも、一度いちどだけりておくれ。わたしつよいのだから、くるしくて、一休ひとやすみしたいというわけじゃないぜ。たまあたま後側うしろがわにあるというわけのものじゃないから、さっきからおまえさんをオブっていてもなんとなくもどかしくて仕方しかたがないのだよ。一度いちどだけしたりてかわいいかおおがましてもらいたいものだ」
いやよ、いやよ」と、またおんなはやけにくびたまにしがみつきました。「わたしはこんなさびしいところにひとっときもジッとしていられないヨ。おまえのうちのあるところまでひとっときもやすまずいそいでおくれ。さもないと、わたしはおまえ女房にょうぼうになってやらないよ。わたしにこんなさびしいおもいをさせるなら、わたししたんでんでしまうから」
「よしよし。わかった。おまえのたのみはなんでもきいてやろう」
 山賊さんぞくはこのうつくしい女房にょうぼう相手あいて未来みらいのたのしみをかんがえて、とけるような幸福こうふくかんじました。かれ威張いばりかえってかたって、まえやまうしろやまみぎやまひだりやま、ぐるりと一廻転いっかいてんしておんなせて、
「これだけのやまというやまがみんなおれのものなんだぜ」
 いましたが、おんなはそんなことにはてんでりあいません。かれ意外いがいまた残念ざんねんで、
「いいかい。おまええるやまというやまというたにというたに、そのたにからわくくもまで、みんなおれのものなんだぜ」
はやあるいておくれ。わたしはこんないわコブだらけのがけしたにいたくないのだから」
「よし、よし。いまにうちにつくとびきりの御馳走ごちそうをこしらえてやるよ」
「おまえはもっといそげないのかえ。はしっておくれ」
「なかなかこの坂道さかみちおれ一人ひとりでもそうはけられない難所なんしょだよ」
「おまえかけによらない意気地いくじなしだねえ。わたしとしたことが、とんだ甲斐性かいしょなしの女房にょうぼうになってしまった。ああ、ああ。これからなにをたよりにくらしたらいいのだろう」
「なにを馬鹿ばかな。これぐらいの坂道さかみちが」
「アア、もどかしいねえ。おまえはもうつかれたのかえ」
馬鹿ばかなことを。この坂道さかみちをつきぬけると、鹿しかもかなわぬようにはしってみせるから」
「でもおまえいきくるしそうだよ。顔色かおいろあおいじゃないか」
「なんでも物事ものごとはじめのうちはそういうものさ。いまいきおいのはずみがつけば、おまえ背中せなかまわすぐらいはやはしるよ」
 けれども山賊さんぞく身体からだ節々ふしぶしからバラバラにかれてしまったようにつかれていました。そしてわがまえ辿たどりついたときにはもくらみみみもなりしわがごえのひときれをふりしぼるちからもありません。いえなかから七人しちにん女房にょうぼうむかえにてきましたが、山賊さんぞくいしのようにこわばった身体からだをほぐして背中せなかおんなおろすだけで勢一杯せいいっぱいでした。
 七人しちにん女房にょうぼう今迄いままでかけたこともないおんなうつくしさにたれましたが、おんな七人しちにん女房にょうぼうきたなさにおどろきました。七人しちにん女房にょうぼうなかにはむかしはかなり綺麗きれいおんなもいたのですがいまかげもありません。おんな薄気味悪うすきみわるがっておとこへしりぞいて、
「この山女やまめなんなのよ」
「これはおれむかし女房にょうぼうなんだよ」
 おとここまって「むかしの」という文句もんくかんがえついてくわえたのはとっさの返事へんじにしては出来できていましたが、おんな容赦ようしゃがありません。
「まア、これがおまえ女房にょうぼうかえ」
「それは、おまえおれはおまえのような可愛かわいいおんながいようとはらなかったのだからね」
「あのおんなころしておくれ」
 おんなはいちばん顔形かおかたちのととのった一人ひとりしてさけびました。
「だって、おまえころさなくっとも、女中じょちゅうだとおもえばいいじゃないか」
「おまえわたし亭主ていしゅころしたくせに、自分じぶん女房にょうぼうころせないのかえ。おまえはそれでもわたし女房にょうぼうにするつもりなのかえ」
 おとこむすばれたくちからうめきがもれました。おとこはとびあがるように一躍ひとおどりしてされたおんなたおしていました。しかし、いきつくひまもありません。
「このおんなよ。今度こんどは、それ、このおんなよ」
 おとこはためらいましたが、すぐズカズカあるいてって、おんなくびへザクリとダンビラをりこみました。くびがまだコロコロととまらぬうちに、おんなのふっくらツヤのあるきとおるこえつぎおんなしてうつくしくひびいていました。
「このおんなよ。今度こんどは」
 ゆびさされたおんな両手りょうてかおをかくしてキャーというさけごえをはりあげました。そのさけびにふりかぶって、ダンビラはちゅうひらめいてはしりました。のこおんなたちはにわか一時いっとき立上たちあがって四方しほうりました。
一人ひとりでものがしたら承知しょうちしないよ。やぶかげにも一人ひとりいるよ。上手かみて一人ひとりげてくよ」
 おとこ血刀ちがたなをふりあげてやまはやしくるいました。たった一人ひとりげおくれてこしをぬかしたおんながいました。それはいちばんみにくくて、ビッコのおんなでしたが、おとこげたおんな一人ひとりあまさずりすててもどってきて、無造作むぞうさにダンビラをふりあげますと、
「いいのよ。このおんなだけは。これはわたし女中じょちゅう使つかうから」
「ついでだから、やってしまうよ」
「バカだね。わたしころさないでおくれとうのだよ」
「アア、そうか。ほんとだ」
 おとこ血刀ちがたなげすててしりもちをつきました。つかれがどッとこみあげてがくらみ、つちからえたしりのようにおもみがわかってきました。ふと静寂せいじゃくがつきました。とびたつようなおそろしさがこみあげ、ぎょッとして振向ふりむくと、おんなはそこにいくらかやるない風情ふぜいでたたずんでいます。おとこ悪夢あくむからさめたようながしました。そして、たましい自然しぜんおんなうつくしさにいよせられてうごかなくなってしまいました。けれどもおとこ不安ふあんでした。どういう不安ふあんだか、なぜ、不安ふあんだか、なにが、不安ふあんだか、かれにはわからぬのです。おんなうつくしすぎて、かれたましいがそれにいよせられていたので、むね不安ふあん波立なみだちをさしてにせずにいられただけです。
 なんだか、ているようだな、とかれおもいました。たことが、いつか、あった、それは、とかれかんがえました。アア、そうだ、あれだ。がつくとかれはびっくりしました。
 さくらもり満開まんかいしたです。あのしたとおときていました。どこが、なにが、どんなふうているのだかわかりません。けれども、なにか、ていることは、たしかでした。かれにはいつもそれぐらいのことしかわからず、それからさきわからなくてもにならぬたちのおとこでした。
 やまながふゆおわり、やまのてっぺんのほうたにのくぼみにかげゆきはポツポツのこっていましたが、やがてはな季節きせつおとずれようとしてはるのきざしがそらいちめんにかがやいていました。
 今年ことしさくらはないたら、と、かれかんがえました。はなしたにさしかかるときはまだそれほどではありません。それでおもいきってはなしたあるきこみます。だんだんあるくうちにへんになり、まえうしろみぎひだりも、どっちをてもうえにかぶさるはなばかり、もりのまんなかにちかづくとおそろしさに盲滅法めくらめっぽうたまらなくなるのでした。今年ことしはひとつ、あのはなざかりのはやしのまんなかで、ジッとうごかずに、いや、おもいきってべたにすわってやろう、とかれかんがえました。そのとき、このおんなもつれてこうか、かれはふとかんがえて、おんなかおをチラとると、むなさわぎがしてあわててをそらしました。自分じぶんはらおんなれては大変たいへんだという気持きもちが、なぜだかむねのこりました。

 

 おんな大変たいへんなわがままものでした。どんなにこころをこめた御馳走ごちそうをこしらえてやっても、かなら不服ふふくいました。かれ小鳥ことり鹿しかをとりにやまはしりました。いのししくまもとりました。ビッコのおんなくさをさがしてひねもす林間りんかんをさまよいました。しかおんな満足まんぞくしめしたことはありません。
毎日まいにちこんなものをわたしえというのかえ」
「だって、りの御馳走ごちそうなんだぜ。おまえがここへくるまでは、十日とおか一度いちどぐらいしかこれだけのものはわなかったものだ」
「おまえ山男やまおとこだからそれでいいのだろうさ。わたしのどとおらないよ。こんなさびしい山奥やまおくで、よる夜長よながにきくものとえばふくろうこえばかり、せめてべるものでもみやこおとらぬおいしいものべられないものかねえ。みやこかぜがどんなものか。そのみやこかぜをせきとめられたわたしおもいのせつなさがどんなものか、おまえにはさっしることも出来できないのだね。おまえわたしからみやこかぜをもぎとって、そのかわりにおまえれたものといえばからすふくろうこえばかり。おまえはそれをはずかしいとも、むごたらしいともおもわないのだよ」
 おんなえんじる言葉ことば道理どうりおとこにはみこめなかったのです。なぜならおとこみやこかぜがどんなものだかりません。見当けんとうもつかないのです。この生活せいかつ、この幸福こうふくりないものがあるという事実じじつついおもあたるものがない。かれはただおんなえんじる風情ふぜいせつなさに当惑とうわくし、それをどのように処置しょちしてよいか目当めあてついなん事実じじつらないので、もどかしさにくるしみました。
 今迄いままでにはみやこからの旅人たびびと何人なんにんころしたかれません。みやこからの旅人たびびと金持かねもち所持しょじひん豪華ごうかですから、みやこかれのよいかもで、せっかく所持しょじひんうばってみても中身なかみがつまらなかったりするとチェッこの田舎者いなかものめ、とか土百姓どびゃくしょうめとかののしったもので、つまりかれみやこついてはそれだけが知識ちしき全部ぜんぶで、豪華ごうか所持しょじひんをもつひとたちのいるところであり、かれはそれをまきあげるというかんが以外いがい余念よねんはありませんでした。みやこそらがどっちの方角ほうがくだということすらも、かんがえてみる必要ひつようがなかったのです。
 おんなくしだのこうがいだのかんざしだのべにだのを大事だいじにしました。かれどろやまけものにぬれたでかすかに着物きものにふれただけでもおんなかれしかりました。まるで着物きものおんなのいのちであるように、そしてそれをまもることが自分じぶんのつとめであるように、まわりを清潔せいけつにさせ、いえ手入ていれをめいじます。その着物きもの一枚いちまい小袖こそで細紐ほそひもだけでは事足ことたりず、何枚なんまいかの着物きものといくつものひもと、そしてそのひもみょうかたちにむすばれ不必要ふひつようながされて、色々いろいろかざものをつけたすことによってひとつの姿すがた完成かんせいされてくのでした。おとこはりました。そして嘆声たんせいをもらしました。かれ納得なっとくさせられたのです。かくしてひとつのりたち、そのかれたされている、それはうたぐ余地よちがない、としては意味いみをもたない不完全ふかんぜんかつ不可解ふかかい断片だんぺんあつまることによって一つひとつもの完成かんせいする、そのもの分解ぶんかいすれば無意味むいみなる断片だんぺんする、それをかれかれらしくひとつのたえなる魔術まじゅつとして納得なっとくさせられたのでした。
 おとこやまりだしておんなめいじるものをつくります。何物なにものが、そして何用なにようにつくられるのか、かれ自身じしんそれをつくりつつあるうちはることが出来できないのでした。それは胡床こしょう肱掛ひじかけでした。胡床こしょうはつまり椅子いすです。お天気てんきおんなはこれをそとさせて、日向ひなたに、また木陰こかげに、こしかけてをつぶります。部屋へやなかでは肱掛ひじかけにもたれて物思ものおもいにふけるような、そしてそれは、それをおとこにはすべてが異様いような、なまめかしく、なやましい姿すがたほかならぬのでした。魔術まじゅつ現実げんじつおこなわれており、かれみずからがその魔術まじゅつ助手じょしゅでありながら、そのおこなわれる魔術まじゅつ結果けっかつねいぶかりそして嘆賞たんしょうするのでした。
 ビッコのおんなあさごとおんななが黒髪くろかみをくしけずります。そのためにもちいるみずを、おとこ谷川たにがわとくとお清水しみずからくみとり、そして特別とくべつそのように注意ちゅういはら自分じぶん労苦ろうくをなつかしみました。自分じぶん自身じしん魔術まじゅつひとつのちからになりたいということがおとこねがいになっていました。そしてかれ自身じしんくしけずられる黒髪くろかみにわがくわえてみたいものだとおもいます。いやよ、そんなは、とおんなおとこはらいのけてしかります。おとこ子供こどものようにをひっこめて、てれながら、黒髪くろかみにツヤがち、むすばれ、そしてかおがあらわれ、ひとつのえがかれまれてくることを見果みはてぬゆめおもうのでした。
「こんなものがなア」
 かれ模様もようのあるくしかざりのあるこうがいをいじりまわしました。それはかれ今迄いままで意味いみ値打ねうちもみとめることのできなかったものでしたが、いまなおものものとの調和ちょうわ関係かんけいかざりという意味いみ批判ひはんはありません。けれども魔力まりょくわかります。魔力まりょくもののいのちでした。ものなかにもいのちがあります。
「おまえがいじってはいけないよ。なぜ毎日まいにちきまったようにをだすのだろうね」
不思議ふしぎなものだなア」
なに不思議ふしぎなのさ」
なにがってこともないけどさ」
 おとこはてれました。かれにはおどろきがありましたが、その対象たいしょうわからぬのです。
 そしておとこみやこおそれるこころうまれていました。そのおそれは恐怖きょうふではなく、らないということにたいする羞恥しゅうち不安ふあんで、物知ものしりが未知みち事柄ことがらにいだく不安ふあん羞恥しゅうちていました。おんなが「みやこ」というたびにかれこころおびおののきました。けれどもかれえる何物なにものおそれたことがなかったので、おそれのこころになじみがなく、じるこころにもれていません。そしてかれみやこたいして敵意てきいだけをもちました。
 何百何千なんびゃくなんぜんみやこからの旅人たびびとおそったがものがなかったのだから、とかれ満足まんぞくしてかんがえました。どんな過去かこおもいだしても、裏切うらぎられきずつけられる不安ふあんがありません。それに気附きづくと、かれつね愉快ゆかいまたほこりやかでした。かれおんなたいして自分じぶんつよさを対比たいひしました。そしてつよさの自覚じかくうえ多少たしょう苦手にがてられるものはいのししだけでした。そのいのしし実際じっさいはさしておそるべきてきでもないので、かれはゆとりがありました。
みやこにはきばのある人間にんげんがいるかい」
ゆみをもったサムライがいるよ」
「ハッハッハ。ゆみならおれたにむこうのすずめでもおとすのだからな。みやこにはかたなれてしまうようなかわかた人間にんげんはいないだろう」
よろいをきたサムライがいるよ」
よろいかたなれるのか」
れるよ」
おれくまいのししせてしまうのだからな」
「おまえ本当ほんとうつよおとこなら、わたしみやこれてっておくれ。おまえちからで、わたししいものみやこいきわたしまわりへかざっておくれ。そしてわたしにシンからたのしいおもいをさずけてくれることができるなら、おまえ本当ほんとうつよおとこなのさ」
「わけのないことだ」
 おとこみやこくことにこころをきめました。かれみやこにありとあるくしこうがいかんざし着物きものかがみべに三日三晩みっかみばんとたたないうちにおんなまわりへみあげてみせるつもりでした。なんがかりもありません。ひとつだけにかかることは、まったくみやこ関係かんけいのないべつなことでした。
 それはさくらもりでした。
 二日ふつか三日みっかあともり満開まんかいおとずれようとしていました。今年ことしこそ、かれ決意けついしていました。さくらもりはなざかりのまんなかで、身動みうごきもせずジッとすわっていてみせる。かれ毎日まいにちひそかにさくらもりへでかけてつぼみのふくらみをはかっていました。あと三日みっかかれ出発しゅっぱついそおんないました。
「おまえ支度したく面倒めんどうがあるものかね」とおんなまゆをよせました。「じらさないでおくれ。みやこわたしをよんでいるのだよ」
「それでも約束やくそくがあるからね」
「おまえがかえ。この山奥やまおく約束やくそくしただれがいるのさ」
「それはだれもいないけれども、ね。けれども、約束やくそくがあるのだよ」
「それはマアめずらしいことがあるものだねえ。だれもいなくってだれ約束やくそくするのだえ」
 おとこうそがつけなくなりました。
さくらはなくのだよ」
さくらはな約束やくそくしたのかえ」
さくらはなくから、それをてから出掛でかけなければならないのだよ」
「どういうわけで」
さくらもりしたってみなければならないからだよ」
「だから、なぜってなければならないのよ」
はなくからだよ」
はなくから、なぜさ」
はなしためたいかぜがはりつめているからだよ」
はなしたにかえ」
はなしたはてがないからだよ」
はなしたがかえ」
 おとこわからなくなってクシャクシャしました。
わたしはなしたれてっておくれ」
「それは、だめだ」
 おとこはキッパリいました。
一人ひとりでなくちゃ、だめなんだ」
 おんな苦笑くしょうしました。
 おとこ苦笑くしょうというものをはじめてました。そんな意地いじわるわらいをかれいままでらなかったのでした。そしてそれをかれは「意地いじわるい」というふうには判断はんだんせずに、かたなってもれないように、と判断はんだんしました。その証拠しょうこには、苦笑くしょうかれあたまにハンをしたようにきざみつけられてしまったからです。それはかたなのようにおもいだすたびにチクチクあたまをきりました。そしてかれがそれをることはできないのでした。
 三日目みっかめがきました。
 かれはひそかにかけました。さくらもり満開まんかいでした。一足ひとあしふみこむとき、かれおんな苦笑くしょうおもいだしました。それはいままでにおぼえのないするどさであたまりました。それだけでもうかれ混乱こんらんしていました。はなしためたさははてのない四方しほうからドッとせてきました。かれ身体からだたちまちそのかぜきさらされて透明とうめいになり、四方しほうかぜはゴウゴウとどおり、すでにかぜだけがはりつめているのでした。かれこえのみがさけびました。かれはしりました。なんという虚空こくうでしょう。かれき、いのり、もがき、ただろうとしていました。そして、はなしたをぬけだしたことがわかったとき、ゆめなかからわれにかえったおな気持きもち見出みだしました。ゆめちがっていることは、本当ほんとういきえになっているくるしさでありました。

 

 おとこおんなとビッコのおんなみやこみはじめました。
 おとこ夜毎よごとおんなめいじる邸宅ていたくしのりました。着物きもの宝石ほうせき装身具そうしんぐちだしましたが、それのみがおんなこころたすものではありませんでした。おんななによりしがるものは、そのいえひとくびでした。
 彼等かれらいえにはすでに何十なんじゅう邸宅ていたくくびあつめられていました。部屋へや四方しほう衝立ついたて仕切しきられてくびならべられ、あるくびはつるされ、おとこにはくびかずおおすぎてどれがどれやらわからなくとも、おんな一々いちいちおぼえており、すでにがぬけ、にくがくさり、白骨はっこつになっても、どこのたれということをおぼえていました。おとこやビッコのおんなくび場所ばしょえるといかり、ここはどこの家族かぞく、ここはだれ家族かぞくとやかましくいました。
 おんな毎日まいにちくびあそびをしました。くび家来けらいをつれて散歩さんぽにでます。くび家族かぞくべつくび家族かぞくあそびにます。くびこいをします。おんなくびおとこくびをふり、またおとこくびおんなくびをすてておんなくびかせることもありました。
 姫君ひめぎみくび大納言だいなごんくびにだまされました。大納言だいなごんくびつきのないよる姫君ひめぎみくびこいするひとくびのふりをしてしのんでってちぎりをむすびます。ちぎりのあと姫君ひめぎみくびがつきます。姫君ひめぎみくび大納言だいなごんくびにくむことができずのさだめのかなしさにいて、あまになるのでした。すると大納言だいなごんくび尼寺あまでらって、あまになった姫君ひめぎみくびおかします。姫君ひめぎみくびのうとしますが大納言だいなごんのささやきにけて尼寺あまでらげて山科やましなさとへかくれて大納言だいなごんくびのかこいものとなってかみやします。姫君ひめぎみくび大納言だいなごんくびももはやがぬけにくがくさりウジむしがわきほねがのぞけていました。二人ふたりくびさかもりをしてこいにたわぶれ、ほねほねってカチカチり、くさったにくがペチャペチャくっつきはなもつぶれたまもくりぬけていました。
 ペチャペチャとくッつき二人ふたりかおかたちがくずれるたびにおんな大喜おおよろこびで、けたたましくわらいさざめきました。
「ほれ、ホッペタを食べてやりなさい。ああおいしい。姫君ひめぎみのどもたべてやりましょう。ハイ、たまもかじりましょう。すすってやりましょうね。ハイ、ペロペロ。アラ、おいしいね。もう、たまらないのよ、ねえ、ほら、ウンとかじりついてやれ」
 おんなはカラカラわらいます。綺麗きれいんだわらごえです。うす陶器とうきるようなさわやかなこえでした。
 坊主ぼうずくびもありました。坊主ぼうずくびおんなにくがられていました。いつもわるやくをふられ、にくまれて、なぶごろしにされたり、役人やくにん処刑しょけいされたりしました。坊主ぼうずくびくびになってあとかえってえ、やがてそのもぬけてくさりはて、白骨はっこつになりました。白骨はっこつになると、おんなべつ坊主ぼうずくびってくるようにめいじました。あたらしい坊主ぼうずくびはまだうらわか水々みずみずしい稚子ちごうつくしさがのこっていました。おんなはよろこんでつくえにのせさけをふくませほおずりしてめたりくすぐったりしましたが、じきあきました。
「もっとふとったにくたらしいくびよ」
 おんなめいじました。おとこ面倒めんどうになっていつツほどブラさげてました。ヨボヨボの老僧ろうそうくびも、まゆふとっぺたのあつい、かえるがしがみついているようなはなかたちかおもありました。みみのとがったうまのような坊主ぼうずくびも、ひどく神妙しんみょうくび坊主ぼうずもあります。けれどもおんなったのはひとつでした。それは五十ごじゅうぐらいの大坊主おおぼうずくびで、ブおとこ目尻めじりがたれ、ほおがたるみ、くちびるあつくて、そのおもさでくちがあいているようなだらしのないくびでした。おんなはたれた目尻めじり両端りょうたん両手りょうてゆびさきおさえて、クリクリとりあげてまわしたり、獅子鼻ししばなあな二本にほんぼうをさしこんだり、さかさにててころがしたり、だきしめて自分じぶんのおちちあつくちびるあいだしこんでシャブらせたりして大笑おおわらいしました。けれどもじきにあきました。
 うつくしいむすめくびがありました。きよらかなしずかな高貴こうきくびでした。子供こどもっぽくて、そのくせんだかおですからみょう大人おとなびたうれいがあり、じられたマブタのおくたのしいおもいもかなしいおもいもマセたおもいも一度いちどにゴッちゃにかくされているようでした。おんなはそのくび自分じぶんむすめいもうとのように可愛かわいがりました。くろかみをすいてやり、かおにお化粧けしょうしてやりました。ああでもない、こうでもないとねんれて、はなかおりのむらだつようなやさしいかおきあがりました。
 むすめくびのために、一人ひとりわか貴公子きこうしくび必要ひつようでした。貴公子きこうしくび念入ねんいりにお化粧けしょうされ、二人ふたり若者わかものくびくるうようなこいあそびにふけります。すねたり、おこったり、にくんだり、うそをついたり、だましたり、かなしいかおをしてみせたり、けれども二人ふたり情熱じょうねつ一度いちどえあがるときは一人ひとりがめいめいほか一人ひとりきこがしてどっちもかれていあがる火焔かえんになってえまじりました。けれどももなく悪侍あくざむらいだの色好いろごのみの大人おとなだの悪僧あくそうだのきたなくび邪魔じゃまにでて、貴公子きこうしくびられてたれたあげくにころされて、みぎからひだりからまえからうしろからきたなくびがゴチャゴチャむすめいどみかかって、むすめくびにはきたなくびくさったにくがへばりつき、きばのようないつかれ、はなさきけたり、がむしられたりします。するとおんなむすめくびはりでつついてあなをあけ、小刀こがたなったり、えぐったり、だれくびよりもきたならしいてられないくびにしてげだすのでした。
 おとこみやこきらいました。みやこめずらしさもれてしまうと、なじめない気持きもちばかりがのこりました。かれみやこでは人並ひとなみ水干すいかんてもすねをだしてあるいていました。白昼はくちゅうかたなをさすことも出来できません。いち買物かいものかなければなりませんし、白首しろくびのいる居酒屋いざかやさけをのんでもかねはらわねばなりません。いち商人しょうにんかれをなぶりました。野菜やさいをつんでりにくる田舎女いなかおんな子供こどもまでなぶりました。白首しろくびかれわらいました。みやこでは貴族きぞく牛車ぎっしゃみちのまんなかをとおります。水干すいかんをきた跣足はだし家来けらいはたいがいふるまいさけかおあかくして威張いばりちらしてあるいてきました。かれはマヌケだのバカだのノロマだのといちでも路上ろじょうでもおてらにわでも怒鳴どなられました。それでもうそれぐらいのことにははらたなくなっていました。
 おとこなによりも退屈たいくつくるしみました。人間にんげんどもというものは退屈たいくつなものだ、とかれはつくづくおもいました。かれはつまり人間にんげんがうるさいのでした。おおきないぬあるいていると、ちいさないぬえます。おとこえられるいぬのようなものでした。かれはひがんだりねたんだりすねたりかんがえたりすることがきらいでした。やまけものかわとりはうるさくはなかったがな、とかれおもいました。
みやこ退屈たいくつなところだなア」とかれはビッコのおんないました。「おまえやまかえりたいとおもわないか」
わたしみやこ退屈たいくつではないからね」
 とビッコのおんなこたえました。ビッコのおんな一日中いちにちじゅう料理りょうりをこしらえ洗濯せんたく近所きんじょひとたちとおしゃべりしていました。
みやこではおしゃべりができるから退屈たいくつしないよ。わたしやま退屈たいくつきらいさ」
「おまえはおしゃべりが退屈たいくつでないのか」
「あたりまえさ。だれだってしゃべっていれば退屈たいくつしないものだよ」
おれしゃべればしゃべるほど退屈たいくつするのになあ」
「おまえしゃべらないから退屈たいくつなのさ」
「そんなことがあるものか。しゃべると退屈たいくつするからしゃべらないのだ」
「でもしゃべってごらんよ。きっと退屈たいくつわすれるから」
なにを」
なんでもしゃべりたいことをさ」
しゃべりたいことなんかあるものか」
 おとこはいまいましがってアクビをしました。
 みやこにもやまがありました。しかし、やまうえにはてらがあったりいおりがあったり、そして、そこにはかえっておおくのひと往来おうらいがありました。やまからみやこ一目ひとめえます。なんというたくさんのいえだろう。そして、なんというきたなながめだろう、とおもいました。
 かれ毎晩まいばんひところしていることをひるほとんわすれていました。なぜならかれひところすことにも退屈たいくつしているからでした。なに興味きょうみはありません。かたなたたくとくびがポロリとちているだけでした。くびはやわらかいものでした。ほね手応てごたえはまったくかんじることがないもので、大根だいこんるのとおなじようなものでした。そのくびおもさのほうかれには余程よほど意外いがいでした。
 かれにはおんな気持きもちわかるようながしました。かねつきどうでは一人ひとり坊主ぼうずがヤケになってかねをついています。なんというバカげたことをやるのだろうとかれおもいました。なにをやりだすかわかりません。こういう奴等やつらかお見合みあってくらすとしたら、おれでも奴等やつらくびにして一緒いっしょくらすことをえらぶだろうさ、とおもうのでした。
 けれどもかれおんな欲望よくぼうにキリがないので、そのことにも退屈たいくつしていたのでした。おんな欲望よくぼうは、いわばつねにキリもなくそら直線ちょくせんびつづけているとりのようなものでした。やすむひまなくつね直線ちょくせんびつづけているのです。そのとりつかれません。つね爽快そうかいかぜをきり、スイスイと小気味こきみよく無限むげんびつづけているのでした。
 けれどもかれはただのとりでした。えだからえだまわり、たまにたにわたるぐらいがせいぜいで、えだにとまってうたたねしているふくろうにもていました。かれ敏捷びんしょうでした。全身ぜんしんがよくうごき、よくあるき、動作どうさきしていました。かれこころしかしりおもたいとりなのでした。かれ無限むげん直線ちょくせんぶことなどはおもいもよらないのです。
 おとこやまうえからみやこそらながめています。そのそら一羽いちわとり直線ちょくせんんできます。そらひるからよるになり、よるからひるになり、無限むげん明暗めいあんがくりかえしつづきます。そのはてなにもなくいつまでたってもただ無限むげん明暗めいあんがあるだけ、おとこ無限むげん事実じじつおい納得なっとくすることができません。そのさき、そのさき、そのまたさき明暗めいあん無限むげんのくりかえしをかんがえます。かれあたまれそうになりました。それはかんがえのつかれでなしに、かんがえのくるしさのためでした。
 いえかえると、おんなはいつものようにくびびにふけっていました。かれ姿すがたると、おんなかまえていたのでした。
今夜こんや白拍子しらびょうしくびってきておくれ。とびきりうつくしい白拍子しらびょうしくびだよ。いをわせるのだから。わたし今様いまよううたってきかせてあげるよ」
 おとこはさっきやまうえからつめていた無限むげん明暗めいあんおもいだそうとしました。この部屋へやがあのいつまでもはてのない無限むげん明暗めいあんのくりかえしのそらはずですが、それはもうおもいだすことができません。そしておんなとりではなしに、やっぱりうつくしいいつものおんなでありました。けれどもかれは答えました。
おれいやだよ」
 おんなはびっくりしました。そのあげくにわらいだしました。
「おやおや。おまえ臆病風おくびょうかぜかれたの。おまえもただの弱虫よわむしね」
「そんな弱虫よわむしじゃないのだ」
「じゃ、なにさ」
「キリがないからいやになったのさ」
「あら、おかしいね。なんでもキリがないものよ。毎日まいにち毎日まいにちごはんをべて、キリがないじゃないか。毎日まいにち毎日まいにちねむって、キリがないじゃないか」
「それとちがうのだ」
「どんなふうちがうのよ」
 おとこ返事へんじにつまりました。けれどもちがうとおもいました。それでいくるめられるくるしさをのがれてそとました。
白拍子しらびょうしくびをもっておいで」
 おんなこえうしろからびかけましたが、かれこたえませんでした。
 かれはなぜ、どんなふうちがうのだろうとかんがえましたがわかりません。だんだんよるになりました。かれまたやまうえのぼりました。もうそらえなくなっていました。
 かれがつくと、そらちてくることをかんがえていました。そらちてきます。かれくびをしめつけられるようにくるしんでいました。それはおんなころすことでした。
 そら無限むげん明暗めいあんはしりつづけることは、おんなころすことによって、とめることができます。そして、そらちてきます。かれはホッとすることができます。しかし、かれ心臓しんぞうにはあながあいているのでした。かれむねからとり姿すがたり、えているのでした。
 あのおんなおれなんだろうか? そしてそら無限むげん直線ちょくせんとりおれ自身じしんだったのだろうか? とかれうたぐりました。おんなころすと、おれころしてしまうのだろうか。おれなにかんがえているのだろう?
 なぜそらおとさねばならないのだか、それもわからなくなっていました。あらゆる想念そうねんとらえがたいものでありました。そして想念そうねんのひいたあとにのこるものは苦痛くつうのみでした。よるけました。かれおんなのいるいえもど勇気ゆうきうしなわれていました。そして数日すうじつ山中さんちゅうをさまよいました。
 あるあさがさめると、かれさくらはなしたにねていました。そのさくら一本いっぽんでした。さくら満開まんかいでした。かれおどろいてきましたが、それはげだすためではありません。なぜなら、たった一本いっぽんさくらでしたから。かれ鈴鹿すずかやまさくらもりのことを突然とつぜんおもいだしていたのでした。あのやまさくらもり花盛はなざかりにちがいありません。かれはなつかしさにわれわすれ、ふかものおもいにしずみました。
 やまかえろう。やまかえるのだ。なぜこの単純たんじゅんなことをわすれていたのだろう? そして、なぜそらすことなどをかんがふけっていたのだろう? かれ悪夢あくむのさめたおもいがしました。すくわれたおもいがしました。いままでその知覚ちかくまでうしなっていたやま早春そうしゅんにおいがにせまってつよめたくわかるのでした。
 おとこいえかえりました。
 おんなうれしげにかれむかえました。
「どこへっていたのさ。無理むりなことをっておまえくるしめてすまなかったわね。でも、おまえがいなくなってからのわたしさびしさをさっしておくれな」
 おんながこんなにやさしいことはいままでにないことでした。おとこむねいたみました。もうすこしでかれ決意けついはとけてえてしまいそうです。けれどもかれおもけっしました。
おれやまかえることにしたよ」
わたしのこしてかえ。そんなむごたらしいことがどうしておまえこころむようになったのだろう」
 おんないかりにえました。そのかお裏切うらぎられた口惜くやしさでいっぱいでした。
「おまえはいつからそんな薄情者はくじょうものになったのよ」
「だからさ。おれみやこがきらいなんだ」
わたしというものがいてもかえ」
おれみやこんでいたくないだけなんだ」
「でも、わたしがいるじゃないか。おまえわたしきらいになったのかえ。わたしはおまえのいない留守るすはおまえのことばかりかんがえていたのだよ」
 おんななみだしずく宿やどりました。おんななみだ宿やどったのははじめてのことでした。おんなかおにはもはやいかりはえていました。つれなさをうらせつなさのみがあふれていました。
「だっておまえみやこでなきゃむことができないのだろう。おれやまでなきゃんでいられないのだ」
わたしはおまえ一緒いっしょでなきゃきていられないのだよ。わたしおもいがおまえにはわからないのかねえ」
「でもおれやまでなきゃんでいられないのだぜ」
「だから、おまえやまかえるなら、わたし一緒いっしょやまかえるよ。わたしはたとえ一日いちにちでもおまえはなれてきていられないのだもの」
 おんななみだにぬれていました。おとこむねかおしあててあつなみだをながしました。なみだあつさはおとこむねにしみました。
 たしかに、おんなおとこなしではきられなくなっていました。あたらしいくびおんなのいのちでした。そしてそのくびおんなのためにもたらすものかれそとにはなかったからです。かれおんな一部いちぶでした。おんなはそれをはなすわけにいきません。おとこのノスタルジイがみたされたとき、ふたたみやこへつれもどす確信かくしんおんなにはあるのでした。
「でもおまえやまくらせるかえ」
「おまえ一緒いっしょならどこででもくらすことができるよ」
やまにはおまえしがるようなくびがないのだぜ」
「おまえくびと、どっちかひとつをえらばなければならないなら、わたしくびをあきらめるよ」
 ゆめではないかとおとこうたぐりました。あまりうれしすぎてしんじられないからでした。ゆめにすらこんなねがってもないことはかんがえることが出来できなかったのでした。
 かれむねあらた希望きぼうでいっぱいでした。そのおとずれは唐突とうとつ乱暴らんぼうで、いまのさっきまでくるしいおもいが、もはやとらえがたい彼方かなたへだてられていました。かれはこんなにやさしくはなかった昨日きのうまでのおんなのこともわすれました。いま明日あしたがあるだけでした。
 二人ふたりただちに出発しゅっぱつしました。ビッコのおんなのこすことにしました。そして出発しゅっぱつのとき、おんなはビッコのおんなむかって、じきかえってくるからっておいで、とひそかにのこしました。

 

 まえむかし山々やまやま姿すがたあらわれました。べばこたえるようでした。旧道きゅうどうをとることにしました。そのみちはもうひとがなく、みち姿すがたせて、ただのはやし、ただのやまさかになっていました。そのみちくと、さくらもりしたとおることになるのでした。
背負せおっておくれ。こんなみちのない山坂やまさかわたしあるくことができないよ」
「ああ、いいとも」
 おとこ軽々かるがるおんな背負せおいました。
 おとこはじめておんなのことをおもいだしました。そのかれおんな背負せおってとうげのあちらがわ山径やまみちのぼったのでした。そのしあわせでいっぱいでしたが、今日きょうしあわせはさらにゆたかなものでした。
「はじめておまえったもオンブしてもらったわね」
 と、おんなおもいだして、いました。
おれもそれをおもいだしていたのだぜ」
 おとこうれしそうにわらいました。
「ほら、えるだろう。あれがみんなおれやまだ。たにとりくもまでおれやまさ。やまはいいなあ。はしってみたくなるじゃないか。みやこではそんなことはなかったからな」
はじめてのはオンブしておまえはしらせたものだったわね」
「ほんとだ。ずいぶんつかれて、がまわったものさ」
 おとこさくらもりはなざかりをわすれてはいませんでした。しかし、この幸福こうふくに、あのもりはなざかりのしたなにほどのものでしょうか。かれおそれていませんでした。
 そしてさくらもりかれ眼前がんぜんあらわれてきました。まさしく一面いちめん満開まんかいでした。かぜかれたはなびらがパラパラとちています。つちはだうえ一面いちめんはなびらがしかれていました。このはなびらはどこからちてきたのだろう? なぜなら、はなびらのひとひらがちたともおもわれぬ満開まんかいはなのふさがはるかす頭上ずじょうにひろがっているからでした。
 おとこ満開まんかいはなしたあるきこみました。あたりはひっそりと、だんだんめたくなるようでした。かれはふとおんなめたくなっているのにがつきました。にわか不安ふあんになりました。とっさにかれわかりました。おんなおにであることを。突然とつぜんどッというめたいかぜはなした四方しほうはてからきよせていました。
 おとこ背中せなかにしがみついているのは、全身ぜんしん紫色むらさきいろかおおおきな老婆ろうばでした。そのくちみみまでさけ、ちぢくれたかみみどりでした。おとこはしりました。おとそうとしました。おにちからがこもりかれのどにくいこみました。かれえなくなろうとしました。かれ夢中むちゅうでした。全身ぜんしんちからをこめておにをゆるめました。その隙間すきまからくびをぬくと、背中せなかをすべって、どさりとおにちました。今度こんどかれおにみつくばんでした。おにくびをしめました。そしてかれがふと気付きづいたとき、かれ全身ぜんしんちからをこめておんなくびをしめつけ、そしておんなはすでにいきえていました。
 かれかすんでいました。かれはよりおおきく見開みひらくことをこころみましたが、それによって視覚しかくもどってきたようにかんじることができませんでした。なぜなら、かれのしめころしたのはさっきとかわらず矢張やはおんなで、おなおんな屍体したいがそこにるばかりだからでありました。
 かれ呼吸こきゅうはとまりました。かれちからも、かれ思念しねんも、すべてが同時どうじにとまりました。おんな屍体したいうえには、すでにいくつかのさくらはなびらがちてきました。かれおんなをゆさぶりました。びました。きました。徒労とろうでした。かれはワッときふしました。たぶんかれがこのやまみついてから、このまで、いたことはなかったでしょう。そしてかれ自然しぜんわれにかえったとき、かれにはしろはなびらがつもっていました。
 そこはさくらもりのちょうどまんなかのあたりでした。四方しほうはてはなにかくれておくえませんでした。日頃ひごろのようなおそれや不安ふあんえていました。はなはてからきよせるめたいかぜもありません。ただひっそりと、そしてひそひそと、はなびらがりつづけているばかりでした。かれはじめてさくらもり満開まんかいしたすわっていました。いつまでもそこにすわっていることができます。かれはもうかえるところがないのですから。
 さくらもり満開まんかいした秘密ひみつだれにもいまわかりません。あるいは「孤独こどく」というものであったかもれません。なぜなら、おとこはもはや孤独こどくおそれる必要ひつようがなかったのです。かれみずからが孤独こどく自体じたいでありました。
 かれはじめて四方しほう見廻みまわしました。頭上ずじょうはながありました。そのしたにひっそりと無限むげん虚空こくうがみちていました。ひそひそとはなります。それだけのことです。そとにはなん秘密ひみつもないのでした。
 ほどかれはただひとつのなまあたたかな何物なにものかをかんじました。そしてそれがかれ自身じしんむねかなしみであることにがつきました。はな虚空こくうえためたさにつつまれて、ほのあたたかいふくらみが、すこしずつわかりかけてくるのでした。
 かれおんなかおうえはなびらをとってやろうとしました。かれおんなかおにとどこうとしたときに、なにかわったことがおこったようにおもわれました。すると、かれしたにはりつもったはなびらばかりで、おんな姿すがたえてただいくつかのはなびらになっていました。そして、そのはなびらをけようとしたかれかれ身体からだのばしたときにはもはやえていました。あとにはなびらと、めたい虚空こくうがはりつめているばかりでした。


女の残忍な性格は鬼故なのか、それともその性格故に鬼になってしまったのか。
その理由をどちらに持ってくるかで、女の印象が結構変わりますね。
そして、山賊が美しい桜の景色の中でふと自分が孤独であることを感じさせられる場面は、ただこの山賊だけが感じたものとは違うような気がします。
同じように私たちも、ふとした時に孤独を感じてしまうのかもしれません。
では、次回の作品もお楽しみに。

引用元:青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/index.html)
底本:「坂口安吾全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1990(平成2)年4月24日第1刷発行
底本の親本:「いづこへ」真光社
1947(昭和22)年5月15日発行
初出:「肉体 第一巻第一号」暁社
1947(昭和22)年6月15日発行
入力:砂場清隆
校正:高柳典子
2006年1月11日作成
2011年5月22日修正

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