思い込みで間違って使っているかも・・・。日本人でも間違いやすい日本語集。

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世界には様々な言語があり、大体は自身が住んでいる国や地域の言語を使いこなしています。
しかし、長く生まれ育った国に住んでいても、言葉の意味や使い方を間違って覚えていることが起こりえます。
人前で間違って使ってしまった日には、恥ずかしい思いをしてしまうかもしれません。
そうならないために、事前にしっかりと覚えなおしてみませんか。
今回は私たちが使い慣れていると思っている日本語の中でも、意味を間違ってしまいがちなものをいくつか紹介していこうと思います。

 

漢字の雰囲気で間違いがちな「役不足」

間違いやすい日本語のクイズによく出題されるのが『役不足(やくぶそく)』です。
自分を能力を謙遜するときや相手の力量を軽んじて叱る言葉として使おうとする人もいます。

しかし、実際の意味は『その人の力量に対して、役目が軽すぎること』を指す言葉です。
元々は演劇などで役を演じる役者が自身の役に不満を持ち、人に対して「役不足を言う」として使われていた言葉です。
この「不足」「足りないこと」「不満」を表し、「当人が役に不満を持つこと」を指しているのです。
やがて不足は「役目の重さが軽いこと」に限定され、転じて今の意味として使われるようになったのです。

役不足を間違った意味で使ってしまう一つの要因は『力不足』という言葉と勘違いしているからかもしれません。
「力不足」『与えられた役目を果たすだけの力量がないこと』という意味で、「力が足りていない」をことを指し、まさに役不足の誤用と一致します。
その言葉の由来は、中国の思想家「孔子(こうし)」の死後にその弟子が記録した書物『論語(ろんご)』の巻三の雍也(ようや)第六にある次の文章とされます。

冉求曰、非不説子之道、力不足也。子曰、力不足者、中道而廃。今女画。

冉求が言った。孔先生の説く道を悦ばないわけではありませんが、私の力が足りません。孔先生がおっしゃった、力が足りない者は、道半ばにして力尽きる。しかし、今お前は(やる前から)自らの力量に限界を作ってしまっている。

役不足も力不足も字数などが似ているので、間違えないようにしましょうね。

 

その「さわり」どの部分を指している?

ある話題について長い時間を割けないときに「話のさわりだけでも聞いてください」と相手に提案することがありますよね。
また「曲のさわりだけを聞く」という言葉もあります。
この『さわり』といわれる部分を「話や曲の初めの部分」と思っている人も多いようです。

ところが実際のさわりは、『話や物語などの最も興味を引く部分や要点、芸能の見どころや聞きどころ』のことを指します。
さわりという言葉が使われたのは、江戸時代のこと。
『竹本義太夫(たけもとぎだゆう)』という浄瑠璃(じょうるり)語りが始めた『義太夫節(ぎだゆうぶし)』と呼ばれる音楽に由来します。
「義太夫節」の中には、他の曲の節を取り入れている部分があり、これを『他の節に触っている』という意味で『さわり』といいます。
そしてさわりは曲の中で特に目立ち、最も聞かせどころがある部分だったため、そのまま『曲中の一番の聞かせどころ』という意味に転じました。

やがてさわりは浄瑠璃にかかわらず『日本の伝統楽曲の中で中心となる聞かせどころ』という意味になり、そこからさらに転じて、『話や物語の中心となる部分聞かせどころや見どころ』へと意味が変わっていったのです。
会話で「ほんのさわりだけ」というようにごく一部分の範囲だけを指すように使用したり、「さわる(触る)」という言葉が「手などを触れさせる」といった程度を軽く感じる言葉であることから、「要点」といった重きを置くものを連想しずらいため、間違って使いやすい言葉です。

 

「姑息」な手段はネガティブとは限らない

相手の行いに対し「姑息な手段を使うなんて!」と憤慨する人がいた時、どんな手段を想像しますか。
恐らく大体の人は「卑怯」であったり「正々堂々ではない」と考えるのではないでしょうか。
いずれにしても、その手段の内容がとてもネガティブであることを指していますね。

しかし、やはりこの意味合いも誤りなんです。
『姑息(こそく)』「姑」は「しばらく」「息」「やすむ」という意味をそれぞれ持つことから『その場をどうにかするための一時しのぎ』を意味する言葉です。
本来の意味もネガティブに聞こえますが「根本的な解決を行う前にとにかくその場を乗り切ることを優先した」と考えると、必ずしも悪いこととは言えないのではないでしょうか。

誤用が広がった原因としては、本来の意味の「一時しのぎ」の行動に対して「ずるい」「卑怯だ」と感じる人が多いためだといわれています。
また「姑」が指す「しゅうとめ」「配偶者の母」を表す言葉ですが、あまり関係が良好ではない場合に使われることが多いため、悪い印象を持っている人が多いのかもしれません。

 

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「割愛」するのは惜しいもの!

お客様へのプレゼンテーションなどで「お時間の都合上、一部説明を割愛させていただきます」というフレーズを耳にすることも多いはず。
この「『割愛(かつあい)』された内容」の重要度はどれくらいあるのでしょうか。
ただ単純に「省略しただけ」と思う人や「簡単な内容だから省いた」と思う人もいるでしょう。
実は割愛された内容は『本人にとっては非常に重要なもの』であることが正しいのです。

「割愛」という言葉は仏教語が由来とされており、例えば鎌倉時代の禅僧『道元禅師(どうげんぜんじ)』の著書『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』「行持(ぎょうじ)」の項にも見つけることができます。

断臂(だんぴ)たとひ容易なりとも、この割愛は大難なるべし、この棄恩(きおん)はかろかるべからず。

慧可が決意のために腕を切り落とすことが、たとえ容易であったとしても、この情愛を断ち切ることは大変難しく、この母への情愛を棄てる行為は、決して軽いものではありません。

上記の文章だけでも、決して容易く手放しているわけではないことが読み取れます。

また、養蚕業界にも「割愛」と呼ばれる用語が存在します。
これは羽化したカイコの成虫のメスとオスを交尾させ、しばらくしてから「2匹を引き離す作業」のことです。
カイコは一度交尾を始めるとなかなか交尾をやめないため、放置していると産卵せずに死んでしまうこともあるのです。
そんな夫婦をやむを得ず引き離すような作業から、割愛と呼ぶようになったのかもしれません。

上記の意味が転じていき『手放したくないものを惜しくも切り離す』という意味になっています。
皆さんはうっかり重要でないものに対して割愛を使わないように注意しましょうね。

 

実は怒ってないのよ「憮然」って

「あの人に注意したら憮然とした態度を取られた!」と怒る人。
話を流れから想像すると「不機嫌になった」、あるいは「腹を立てた」ような態度を指しているように思えます。

しかし、実際の憮然は全く怒っていないのです。
『憮然(ぶぜん)』『失望したり、落胆して呆れている様子』『意外な出来事に驚き、ぼんやりする様子』を表しています。
そもそも「憮」「慈しむ」という意味がありますが、もう一つ「がっかりする」という意味を持つ漢字。
元々の意味からも怒りの要素は含まれていません。

間違えてしまう理由としては「ぶ」という音感が「ブスっとする」「ブーブー文句を言う」など機嫌の悪さを表すオノマトペが多かったり、「仏頂面」「不愛想」など人の悪い様子を表す言葉が多いからと考えられています。
また、「驚き呆れて、口もきけない様子」『唖然(あぜん)』「予想外の出来事にショックを受けてぼんやりと立ち尽くす様子」『呆然(ぼうぜん)』「衝撃的な事態に非常に驚く様子」『愕然(がくぜん)』など、同じように「然」が付いた似たような言葉が多いのも原因の一つかもしれません。

 

今回は間違いやすい5つの言葉をご紹介しました。
言葉は長い時間をかけると、次第に当初の意味から変わってしまうこともあります。
更には幅広く認知されるようになると、その意味自体も採用され、一般に浸透していきます。
だけど、せめて本来の意味が何であったかを知っておいて損はないと思います。
また別の機会に他の言葉もご紹介できれば幸いです。

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